第10話 べーだ!
タブレットを取り上げられてしまった。
せっかくやる気になってたのに。
うーん、どうしよう。
手持ち無沙汰、わたし。
ていうか、監督ぅー。
お部屋デートのジャマなんですけどー?
空気よんでほしいよね。
でも真剣そうな雰囲気だし。
どうしようかな。
そうだ!
カナくんの背中にくっついて見よ。
とうっ!
「うっ。か、監督。これは、海外の選手ですか?」
『…海外のトップチームの選手だ。これで、レオと同じ年齢、身長もだいたい一緒だな。まぁポジションは違うが、必要な筋肉も似たようなものだ』
「レオと同い年…」
こっちを見てくる監督にあっかんべーを返す。
べーだ!
『ごほん!海外では若手の育成に力をいれててな。こういう選手がたまに出てくる。で、このカラダつきを見てもらいたいんだが…カナタくん、わかるか?』
「J2までの選手に、こういった筋肉の選手はいませんでした。まさか、J1でも?」
『そうだ!これは外人特有というか、固有の育ち方なんだ。J1の動画を同期にくれと相談したら、そう言った例もあると教えてくれてな』
「レオの筋肉も…似ていますね。細いのは年齢のせいかと思ってました」
『ああ、そういうことだ。レオの日本人離れした瞬発力は、このへんが理由だろう』
たしかにお兄ちゃんは細身だ。
グラウンドで見る誰よりもシュッとしてる。
だからなんかモテる。
あんまり、納得いかないけど。
どう考えてもカナくんのほうがかっこいいし。
「ではJ1の選手を参考にしても、あまり意味がないってことですね。レオにとっては。なるほど…」
動画は、ボールを触るプレーのあと。
白衣の職員さんたちがわらわら出てきて。
室内トレーニングに切り替わった。
酸素マスクっぽいのをつけてのランニング。
筋トレとかもぜんぶ、ケーブルが繋がってて。
モニターに、数値が、リアルタイムだ…
ひえーお金かかってそう!
『同期にレオのデータと動画を送ったら、育成はこのままでいいだろうとのことだ。ムリにJ1の選手に寄せなくていい』
「ありがとうございます。とても参考になります」
『まぁそれでもJ1の動画は見といてくれ。他の選手たちには役に立つだろうからな!』
「わかりました。伊藤さんと相談しながら、献立に手を加えます」
伊藤さん、というのは。
スポーツドクターのおじさんだ。
監督と違って、声も控えめで穏やか。
だから好感が持てる。
少しは監督も見習ってほしいね?
『…どうした?栞ちゃん』
「いえいえ、なんでもー。そうだ監督。この選手って、どれくらいお給料もらってるんですか?」
海外のトップの選手だ。
兄の目指すところでもある。
日本の、だけど。
『契約金解除金が10年で1000億。年俸が10億、となっている。どうだ?夢があるだろう!』
「えっええ!?せ、せんおく…?じゅう、おく…」
ど、どんだけ…?
ええ?
旅館が…5000万えんだから…
2コで1おく…10おくで…20コ!?
旅館20コ!?
思わず、カナくんをみる。
ケタちがいすぎる、よね?ね?
「契約解除金、というのは?」
『選手を保護する契約だ。他のチームにとられないための策だな。選手自体が解除するケースはないと思っていい』
たしかに1000億えんあったら…
旅館、いくつ?
とんでもない、とんでもないよ!?
「なるほど…J1の選手は1000万程度と聞きましたが、ずいぶん開きがあるんですね」
『まぁ海外でも、世界一のチームだからな…金があるんだ。それにJ1もピンキリだぞ?1000万は最低金額だ。J1でもトップの選手は2億はもらってる』
カナくんが見てくる。
わたしはヘタな口笛を吹いた。
ごめんなさい。
ちゃんと調べてませんでした。
だって、なんかいろいろあって。
ね?
ほおにスリスリで許してもらおう。
「…旅館のことを考えるなら、J1のトップ、でもいいわけか…」
『おれはもったいないと思うがな。あの才能は海外まで行ける。ただ、事情が事情だ。まぁ、そのへんはレオと相談しろ』
「いろいろとありがとうございます、監督。ほら、栞ちゃんも」
「はーい!ありがとうございますー!」
『…おう、気にするな。それとカナタくん、今後帯同してもらう機会が増えるかもしれん。予定は早めに連絡するつもりだが、空けれるか?』
たいどう、ってなんだっけ。
カナくんに小声で尋ねる。
ふむふむ。
監督との出張、かー。
わたしもついてこ。
「明日、退学届けを出します。基本的にフリーになりますので大丈夫です」
『っくくく。ほんと、思い切りがいいよなぁ!栞ちゃん、目を離しちゃダメだぞ?こういう男はすぐどっかいっちまうからな』
「カナくんをなんだと思ってるんですか?あと笑いかた気持ち悪いです監督」
スマホの通話をぶち切る。
ふー…
「…栞ちゃん、あとでフォローしておきなよ」
「あとでね」
「あはは」
そこで、あやまりなよ、と言わないのが。
カナくんのいいところだ。
今のは監督が悪い。
わたしはぜんぜん、悪くない。
カナくんに甘えながら今後のことを考える。
「J1を目指してもらうのに変わりないけど、海外はどうするの?」
「そこはレオ次第、と言いたいところだけど…栞ちゃんはいいの?」
いい?
…なにが?
「?」
「レオが海外いっちゃって、構わないの?」
「…前から思ってたけど、わたしのことブラコンとか思ってない?カナくん」
「ブラコンとまでは思ってないけど…ほら、観戦グッズとか」
「あれは違うから!お兄ちゃん用とかじゃなくて、みんな用のやつだからね!」
「そうなんだ」
やっぱり。
勘違いしてると思ってたんだ。
お兄ちゃんは、勝手に、好きにして!
むしろ海外いってもらっていい。
そしたら、わたしとカナくんの2人だけ。
ハッピーな生活になれるかも!
でも、食事とかどうなるんだろう…
こっちと同じってわけには、いかないよね。
「海外いったら、骨折ったり、激太りするかな?」
「あはは、やっぱり心配なんだね」
そういうんじゃ、ないんだけど…
兄が脱カナくんできるのか、不安になっただけ!
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