第7話 それが恐ろしい
あれから1週間が経つ。
すでにJ2の観戦を終えて、ぼくの部屋。
録画した試合を見ながら。
栞ちゃんと感想戦を行っている。
「動きの違いは、戦術の迷いのなさって言ってたけど。監督の言う通り、だと思う」
「ふむふむ」
栞ちゃんがタブレットをシャッシャする。
これは、情報を共有してもらうためだ。
ぼくのアプローチや判断が正しいのか。
監督やコーチ陣のグループで議論する。
「それが崩れた時は、みんなと、J3もJ2も、あんまり違いはなかった」
「ふむふむ」
栞ちゃんは真剣な顔だ。
「明日の水族館楽しみだね」
「ふむふむ…?ああっ!送っちゃった!もーカナくん…いじわるして!」
「あはは。たまに圧倒的な選手がいたけど、あれは?」
明らかにレベルの違う選手が数名いた。
カラダの作り方、筋肉、体幹が。
レオではまだまだ届かなさそうな。
「もー…えっと、J2は、J1の選手が調整にきたり、やっぱりJ1でもやれるレベルの選手がもういるんだって」
やっぱり、そうか。
となると、レオは少なくとも。
あの圧倒的にならないといけないのか。
16歳で、すでに180cm近いけど。
その選手たちと比べると。
まだまだレオは線が細い、と感じる。
ちなみにぼくは160を超えたくらいで。
栞ちゃんは150あるかないか。
ぼくらからすると巨人に見えるんだけどね、レオは。
「ありがとう、栞ちゃんの感想は?」
「わたしはー。んーと、まず、ね。給料を調べてみたんだ。選手の!」
「そうなんだ」
給料?
レオの将来の心配かな。
いっぱい稼ぎたいみたいなこと言ってたし。
「J3は専業はムリで、J2が一般的なサラリーマン。J1で1000万以上、って感じ!」
「なるほど?」
1000万でも、相当なサラリーな気がするけど。
レオの野望は相当高いのかもしれない。
「わたしたちの旅館を復活させるのには、いくらぐらい必要なんだろ?」
「え?」
☆
「お兄ちゃんに言っといてね!って念押ししたのにぃ…」
「レオはサッカーのことしか頭にないから」
「はー…つらいよカナくん…」
「よしよし」
いじけてしまった栞ちゃんを。
抱っこしながら考えてみる。
うーん。
サッカーのサラリーで、旅館を再建する?
果たしてそれは、現実的なのだろうか。
費用はすでに調べてある。
3年前の、お葬式のときに。
栞ちゃんが。
将来、ぜったいに旅館を、女将やるからー!
と言ったから。
あのときのぼくらは力不足で。
営業停止を見てるしかなかった。
それを、サッカーのサラリーでかぁ…
「…カナくん、できると思う?」
いろいろと端折った問い。
黙ってたから、不安にさせちゃったかな。
「費用は調べてあるんだ。修繕費、人件費、光熱費、とかいろいろね」
「さすが!で、どうなのカナくん」
「ぼくらの場合、すでに旅館自体はあるから。ざっくり5000万くらいでスタートできるよ」
栞ちゃんの旅館や土地は、レンタルじゃない。
正式に、レオが相続を持っている。
営業再開の届け出を役所にだして。
従業員が入れば、稼働自体はすぐできる。
「…J1で5年分かー」
その勘定は、どうかと思うけど。
それに、
「栞ちゃん、ぼく高校辞めるから」
「えっ!?やめちゃうの!なんで!」
「公立とはいえ、時間もお金もちょっとね。実際、ほとんど学校行ってないし。ぼくはレオのサポートと、旅館の維持に努めたい」
「旅館の、維持…?」
「うん、基本的には清掃。あれからずっとやってきてるけど、さすがに外装は修繕が必要になるし。そのへんはコスト掛かっちゃうけど」
建物は、人の手が入らないとすぐに廃れてしまう。
ぼくは1人でずっと、あの旅館に手を入れてきた。
「あれから、ずっと?カナくん…そんなこと、してたの?」
「ぼくが返せる恩なんて、これくらいだから」
レオや栞ちゃんのワガママを聞きながらも。
空いた時間は、旅館のために使ってきた。
それも全て、恩返しのためだ。
そして、栞ちゃんの、夢のため。
「わたしには…カナくんに返せるものなんて!何もない!のにぃ…」
胸にひっついて。
わんわん泣きだしてしまったけど。
それは違う。
「大丈夫、だってぼくら結婚するから。ほら、借金とかも共有になるし」
「そういう、問題…なの?カナくん、わたしわかんないよ…どうしたらいいの?」
ぼくらにはこういうとき。
頼れる大人がいない。
だから全部、自分たちで決めないといけない。
でも、栞ちゃんはまだ中学生。
ぼくみたいにヘンにポジティブでもない。
ふつうの女のコだから。
ぼくの言うべき言葉も決まってる。
「栞ちゃん、ぼくに任せて」
「カナくん…」
「両親の残してくれた3000万。これがあればレオのJ1は2年で済む」
事故の慰謝料と保険金。
少し減ってしまったけど残してきた3000万円。
ぼくはこのために使うと決めていた。
「でもそれは…ご両親がカナくんのために…その、大切な…」
「どっちにしても共有の財産になるから。でも、栞ちゃんが結婚してくれてよかったよ」
「え…?なんで?」
「最悪、レオに申し込む気でいたんだ。でも、レオと結婚するのは正直苦痛だし…」
「で、できるの?だって、お兄ちゃんと!?」
「調べたら、今はできるんだって。もっというと『結婚?ああ構わねえよ、じゃ、頼んだ』とか軽く言われそうなのがね」
レオならじゅうぶんにあり得ることだ。
それが恐ろしい。
「ぜ、ぜったい、ぜったいダメだよ!けっこんは、わたし!わたしとしてね!」
「わかってるよ、ありがとね栞ちゃん」
気を持ち直した栞ちゃんの頭をなでて。
ポジティブにため息をつく。
さあ、やることが山積みだ。
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