第13話 中学生みたいな告白

 最近、何度か直人からメッセージが着ていた。

 私を傷つけた彼を許すわけがない。

 全てスルーしている。


 そんな時に事件は起こった。


 私はシッターさんに久美ちゃんを預け、久しぶりに一人で買い物を楽しんでいた。

 お洒落な店の集まった表通りを歩いていく。

 もうすぐ剣持君が、迎えに来てくれるはずだ。


「和美!」


 後ろから声を掛けられる。

 そこには山本直人が立っていた。


「|直(なお)!」


 私は、思わず笑顔を返しそうになる。

 しかし、すぐに下を向いて走って逃げ始めた。


「ちょっと、待ってくれ!」


 後ろから直人が追いかけてきて、私の手を掴む。

 振りほどいて壁に追い込まれた私を、直人が両手を壁について逃がさない。


「俺の話を聞いてくれ」


 直人が、真剣な眼差しで私を見る。


「友里はどうしたのよ、もう赤ちゃん生まれてるでしょ」


 私は、そう言った。


「彼女は、15歳も年上の金持ちの男と出て行った。俺の経済力じゃ不安だって…。やっぱり、お前と別れるべきじゃなかった。もう一度、やり直してくれないか?」


 直人は、私に懇願する。


「みっともない事を言わないで。あなたとの思い出まで汚されるわ。私は、もう人妻なの。あなた、不倫して責任取れるの?」


 私は、顔をしかめて言う。


「俺だってバツ1になった。お前も、そんな男とは別れろよ。噂で聞いてるぞ、婚活で結婚したんだろ。そんな旦那、大して好きでもないでしょ。俺達、あんなに長い間、愛し合ってたじゃないか」


 直人が、続ける。


「…」


 私は、しばし沈黙する。

 確かに剣持君に対して、まだそこまで気持ちは高まっていない気がする。

 剣持君の気持ちは嬉しいが、子供みたいなところは慣れない。


「でも、あんたよりはマシ。あんた、私に何したか分かってるの?恋愛対象として、0点どころかマイナス100点よ。絶対に無い」


 私は、少し黙ってから言いきった。


「すいません、山本さん。俺の妻に何か用ですか?」


 驚くほどソフトな口調で、剣持君が言った。

 いつの間にか、私を迎えに来ていた彼が、私と直人の横に立っていた。


「剣持、和美の旦那っていうのは、お前なのか?」


 壁から手を離した直人が、剣持君の方を見て言った。


「はい、そうです」


 剣持君は、はっきりと言った。


「山本さん、俺には、あなたの気持ちがよく分かります。だって、ずっと俺は、あなたの立ち場でしたから。和美さんを遠くから見ている事しか出来なかった。だけど、今は俺が彼女の相手なんです。だから、引いてもらえませんか?もし、俺が彼女と別れたら、また、あなたにもチャンスがあるかもしれません。でも、ここで執着したら、それも無くなるかもしれませんよ?」


 剣持君は、優しく直人に言った。


「…そうか、確かにそうだな。俺は、そんな風には考えられなかった。俺の負けだよ剣持。和美を幸せにしてやってくれ」


 直人は、そう言うと、去っていった。


「あはは、大丈夫かい和美」


 剣持君が、頭をかきながら、半笑いで私に声を掛けてきた。


「馬鹿!何で、この女は俺のものだって、はっきり言わないのよ!」


 私は、剣持君に怒鳴った。


「ごめん、そんな事を言ったら山本さんに悪いから。そういうの苦手だし。それに、君に愛しているとは言われてないから、そこまで強くは言えないよ」


 剣持君は、すまなそうに答える。


 彼がビジネスで成功出来るのは、誰に対しても親切だからなんだ。

 私は、理解した。

 誰に対しても与えるのが、彼の良さだった。


「まあ、剣持君だから仕方ないか」


 私は、溜息をついた。


「…してるわよ」


 私は、剣持君の耳に顔を近づけ、呟いた。


「へ?何だって?」


 表通りの雑踏で、かき消されたのか、彼には伝わらない。


「だから、愛してるって言ってるの!」


 私は彼の耳元で、大き目の声で言った。


「うわっ!」


 剣持君は、驚いて耳を押さえた。


「本当に?やった!」


 彼は、私のウエストに手を廻して持ち上げようとする。

 しかし、持ち上がらない。


「重い…60kgぐらいあるか?」


 彼が、呟く。


「失礼な事、言わないで!56kgです!あなたが、もやしすぎるのよ」


 私は、思わず正直に体重を言った。


「分かった、少し鍛える事にするよ」


 剣持君は、笑った。


「あーもう!こんな恥ずかしい告白、中学生以来の屈辱よ!」


 私は、両手で顔を隠した。


「体重を言ったのがか?」


 剣持君が、不思議そうな顔をする。


「違うわ!!!」


 私は、全力で否定した。




「お兄ちゃんと、お姉ちゃん、急に仲良くなった?」


 リビングで3人、子供番組を見ていた時に、久美ちゃんが私と剣持君に言った。


「仲良くなったというか、仲良ししたというか」


 私は、顔を赤くして横を向いて言う。


「こら、子供に余計な事を言わないの」


 剣持君が、私を注意する。


「何か、本当にパパとママみたいになった気がする」


 久美ちゃんは、満面の笑みで嬉しそうに言う。

 私と剣持君は、顔を見合わせ笑いだした。


 もちろん、私と彼は本当の夫婦になると決めた。

 3年後に、私と旦那様の間には久美ちゃんの弟が出来ていた。


 忙しい中、私達は協力して子育てを続ける。

 久美ちゃんが8歳になった時、本当の母親が、やっと迎えにきた。

 母親は、泣きながら私達に感謝の気持ちと謝罪の意志を伝えてくれた。

 私達は、久美ちゃんを手離したくなかったが、二人は元の親子になる事を選び、出て行った。


 今、私達は40歳になっている。

 香織ちゃんと美奈ちゃんも、幸せな結婚生活を続けていた。


 旦那様が、いなければ、私は今でも高望みしたまま結婚していなかったかもしれない。

 私は旦那様と、結婚相談所の長谷川さん、涼助さんに感謝している。

 婚活が無ければ、剣持君とは再び出会わなかった。

 今の幸せが特別なもので、普通は出会えない事だと理解している。


 私は絶対に、この幸せを守る努力を忘れないだろう。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】同僚に婚約破棄された元保育士29歳無職家事手伝い、イケメンハイスペック男子を婚活でゲットして見返すはずが、可愛い娘持ちアパレル社長と契約結婚する事になりました 瑠衣彩花 @kiyoka0723

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ