第12話 同じ屋根の下で暮らしていて、いつまで待たせるの!?

 私と剣持君は、婚約指輪を買いにダイヤモンドの有名ブランド店に来ていた。

 婚約指輪といえば、このブランドと言われている。


「出来れば、うちのブランドのジュエリーを使いたがったんだが、婚約指輪の様な高級品はラインナップになくてね」


 剣持君が、残念そうに言う。

 彼のブランドのジュエリーは、ファッション性の高いものばかりで、そこまで高級な物は無かった。

 特注するにしても割高になってしまうし、専門のブランドの方が私も満足するのではないかと言われていた。


「いいえ、いいのよ。婚約指輪は、この店のが、ずっと欲しかったの」


 私は、目を輝かせる。

 直人に、結婚したら、ここの指輪を買ってねと、おねだりしていたのを思い出す。


「お客様の予算とサイズですと、こちらなどどうでしょう?」


 接客用のソファーに座って待っていると、スーツ姿の女性店員さんが、目の前のテーブルに指輪をいくつか持ってきた。

 全て、3ct以上のダイヤがセンターストーンに使われた高級品だ。

 どれも500万以上はする。


 私が直人に、おねだりしていた指輪は、全てセンターストーンが0.75ctぐらいのものだった。


「凄い!綺麗!!」


 私は、思わず声に出した。


「好きなものを選ぶといいよ」


 剣持君が、優しい目で笑う。


 私は、全ての指輪をはめてみる。

 何度も交換して、その輝きを楽しんだ。

 どれも素敵で、迷ってしまう。


「んー、やっぱり、これ!!」


 1時間以上迷った末、私は4ctのダイヤの周囲とリングに沢山のダイヤが並べられたタイプの指輪を選んだ。

 持ってきてもらった中で一番高級な品だったので躊躇したが、どうしても欲しくなってしまった。

 間違いなく、一番素敵に見えた。

 価格は2千万円近くする。


「分かった。それにするといい、とても似合うと思うよ」


 剣持君は、変わらない笑顔で了承してくれる。


 私は、その指輪を、もう一度指にはめてみた。

 その深い輝きに吸い込まれそうになる。


「ありがとう…嬉しい」


 私は、そう呟いた。




 購入後、サービスのシャンパンを飲むと、店員さんが私達を店の出口まで送り、ダイヤの入ったショッパーを渡してくれた。

 剣持君が、それをさっと私から奪い取る。


「ええ?今すぐ、くれないの?」


 私は、ふくれた。


「これは、結納品の一つだ。結納金と一緒に君の実家に届けるから待っててくれ」


 彼は、そう言う。


「もー!そんなに堅苦しい事を言わないでもいいのに」


 おあずけをくらって、私は不満たらたらだ。

 彼は、アパレルなんて浮いた感じの仕事をしているのに、妙に真面目なところがあった。

 それが、仕事上の信用に繋がっているのだろう。


「結婚指輪は、1年後に本当に結婚を受けてくれたら用意する。渡すのは結婚式の日だ。その時は、また選びに行こう」


 剣持君が、結婚指輪の予定を言う。


「んー!」


 ずるい。

 そんな事を言われたら、本当の結婚をしたくなってしまう。

 彼の事を本当に好きかは分からないが、女心は、どうしても動かされる。


「どうだ?本当に結婚してくれる気になったか?」


 心を見透かしたように、私の目を見つめる剣持君。


「何言ってるの!品物でつられるほど安い女じゃないの!うちだって、そこそこ裕福なんですからね!」


 私は、心を見通されたような気がして、思わずそう言った。

 本当は、少し心が動いてしまっていたのだ。


「ごめん。馬鹿にしたように聞こえたなら謝る。そんなつもりじゃなかったんだ」


 剣持君が、頭を下げた。


「…いいけど」


 私は、それだけ言った。




 それから、また時が経ち、剣持君と久美ちゃんと暮らし始めてから3カ月が過ぎた。

 結納も済ませ、私の指に、あの指輪が返ってきていた。


 私達は、相変わらずの日常を過ごしていた。

 久美ちゃんが中心で時間が流れていく。


 ある日、剣持君が早く帰った時を見計らって、久美ちゃんを寝かせてから彼をリビングに呼び出す。


「ちょっと、ここに座って」


 私は、リビングのソファーに座り、横に剣持君を座らせる。


「…」


「…」


 しばしの沈黙が流れる。


「いや、ちょっと、何もしないの!?」


 私は、怒った声で言った。


「え?え?」


 剣持君が目を丸くする。


「もう、一緒に暮らし始めて3カ月よ!あなた、本当に私の事が好きなの?」


 私は、彼を問い詰める。


「あ、いや、もちろん好きだよ。滅茶苦茶惚れてる!」


 剣持君が、そう言い返す。


「だったら、少しは手を出せ!私は30歳で、処女でも何でもないわ!いい加減にして、このヘタレ!あんた、EDなの?この役立たず!女の賞味期限は短いのよ!」


 私は、そう言って怒る。


「いや、そういう事は、ちゃんと俺を好きになってもらって、正式に結婚したら…」


 私の勢いに押されて、たじたじになる彼。


「ただ、一緒に暮らしてるだけで好きになるか!あなた、私を好きかどうか全然分からない。聞いた時に答えるだけじゃなくて、毎日マメに好きって言って!たまにじゃなくて、毎日可愛いとか綺麗とか言って!性格が好きとか、尊敬しているとか言って!もっと私を見て!ちゃんと私を欲しいって言って!手を出してきて!」


 私は、彼にぐいぐい詰め寄った。


「…」


 彼は、黙ってしまった。


「じゃないと私、どんどんみじめになる。30代になっちゃって、もう何も自信が無いの。私もう、素敵な男性からは相手にされないんじゃないかって不安になるの。何で、私を好きだって言ってる、あなたにまで放っておかれるの?私じゃ不足なの?私なんて欲しくないの?」


 私は、泣き出した。


「俺は、仕事ばっかりで彼女がいた事がないんだ。一回も女の子と付き合った事が無い。自分が、口だけで小学生みたいな事しか出来ないのは分かっている」


 剣持君は、そう言うと、恥ずかしそうに私の手を握った。


「君が好きだ。たぶんそれは妄想の中の君で、気持ち悪いのは分かってる。だけど、好きなのは本当なんだ。ずっとずっと、君が好きだった。可愛くて素敵な人だと思っていた。これからは、本当の君を知りたい。そして、君を本当に愛したい」


 私の目を見て、彼が真剣に言った。

 じっと見つめ合う。


「だったらキスくらいしなさいよ」


 私が、じれてそう言う。


「え?いいの?」


 彼が、びっくりしたように言う。


「聞くんじゃない!さっさとしろ!!」


 私は、彼に抱きついて唇を奪った。

 逃げようとする彼を抱きしめて、絶対に離さなかった。


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