第10話 親への挨拶は、リムジンと彼のドレスで

「しかし、契約結婚と知っているのは私達だけ。君の親に許してもらう前に入籍するわけにはいかない」


 剣持君は、そう言った。

 そういう心使いは嬉しい。

 まあ、当たり前の事だけど。


「分かった。伝えておくわ」


 私は、了承する。


「そこで、当日にサプライズを考えたんだが…」


 彼は、私に一つの提案をする。


「それ、面白いわね。あんたらしいわ」


 私は、思わず吹き出した。




 私の両親に挨拶に行く日、私は再び彼の仕事場に向かった。

 そこには彼と、あの美しいスタッフの女性が待っている。


「またお会いできて嬉しいです。今日も、ドレス選びをお手伝いさせていただく、スタイリストの三浦明日香と申します」


 女性スタッフが、また私を別室へと連れていく。

 そこには、彼が用意したドレスが並んでいた。


「今日は、急な事でしたので社長のデザインではありませんが、うちの最高級ドレスを揃えました。どれでも好きなものから、御試着下さい」


 私は10着ほど試着してから、彼女のアドバイスで、黒に青の花柄が入ったドレスを選んだ。

 それに合う、アクセサリーやバッグなども用意されていた。


「どうかな?」


 私は、彼の前に戻って、ドレス姿を見てもらう。


「似合うに決まってる。レディースは、いつも君をイメージしてデザインをしているんだ」


 彼は、表情一つ変えずに、そう言った。


「社長!そう言う事ではなく!」


 三浦さんが、彼に注意した。


「あ、ああ、とても綺麗だよ伊藤さん」


 剣持君は、少し顔を赤らめて言った。


 彼も、真面目そうな紺のスーツに着替えて、私をエスコートする。


 ビルを降り、出口の前に立った時、そこにあったのは大きなリムジンだった。

 彼のアイデアで、両親への挨拶はレンタルしたリムジンでする事にしたのだ。

 総額で20万くらいのオーダーだった。


「剣持様、伊藤様、お待ち申しておりました。今日の運転手を務めさせていただく保田です」


 初老のスーツ姿をした運転手さんが、私達とリムジンの間にレッドカーペットを素早く敷く。


 私は、上機嫌で彼と一緒に、それを渡った。


「どうぞ」


 運転手さんが、ドアを開け、私達を車に招き入れる。

 リムジンの中は、とても広く、ソファーシートには10人くらい座れそうだった。

 車内には、ピンクのハートの風船が、いくつも浮かべられていて、ブライダル感が演出される。


 シートは、当然ふかふか。

 走り出しても大きすぎて、ほとんど揺れない。

 最高級のスピーカーからは、人気のブライダルソングが静かに流れ続ける。




 やがてリムジンは、私の実家に止まった。


 運転手の保田さんが、リムジンと実家の門の間にレッドカーペットを敷く。

 そして、インターホンを押して両親を呼び出してくれた。

 お父さんはスーツ姿、お母さんも少し上品な恰好をしている。

 呼び出された両親は二人共、目を丸くして驚いていた。

 二人には、車で話をしようとしか言っていない。


 やった!いくら普段、高級外車に乗っている両親でも、このリムジンには驚くだろう。

 私は、してやったりで、思わず得意になった。


 両親を載せたリムジンは、ゆっくりと街中を流していく。


「見合いをして、すぐの結婚を不審だと思われるかもしれませんが、彼女の短大時代に同じサークルにいたんです。既に二人の気持ちは固まっていました」


 剣持君が、嘘八百を言う。

 あんたの気持ちは固まってたか知らないけど、こっちはあんたの事なんか何も覚えてないよ!

 大体、私は直人と付き合ってたんだから、どこで気持ちを固めたって言うんだ?


「あらあら、うちの子はサークルでは別の男の子と付き合ってたと思うんだけどねえ」


 お母さんが、つっこみを入れる。


「まあ、うちの娘が選んだ男だ。細かい事をとやかく言うつもりはない。そんな事より、言う事があるんじゃないか?」


 お父さんは、難しい顔を崩さず言った。


「はい、彼女を必ず幸せにします。生活に必要な金は、私が充分用意します。決して不自由はさせません。結婚式や新婚旅行の資金も心配いりません。全て私が責任を持ちます。生活に必要なものも全て買い揃えます」


 彼は、ハッキリと言う。

 ここまで断言してくれると嬉しい。

 それは、まさに私の理想だった。


「分かった分かった。君の収入は娘から聞いている。しかし、結婚式と新婚旅行の費用は両家で半分づつ負担するものだ。嫁入り道具も、私達が用意する。そうでなければ結納金を受け取るわけにはいかんからな。何、うちも、それなりの資産家だ。好きな式を挙げるといい」


 お父さんは、そう言って彼をなだめた。


「ありがとうございます。という事は、結婚を許していただけるので?」


 剣持君が、両親に聞く。


「こんなところにいたら、場の空気で許す気にもなるさ」


 お父さんは、周囲に浮いているハートの風船を見廻して言う。


「ありがとうございます!」


 剣持君は、深々と頭を下げた。




 リムジンは、両親を実家で降ろした後、夕暮れのベイサイドを、ゆっくりと流していた。

 私と剣持君は、ほっとしてシャンパンのグラスを合わせ、乾杯する。

 夕日に照らされる彼の顔は、なんとも美しい。

 よく覚えていないが、これで、もう少し身長があれば、こいつの方を選んでいたかもしれない。


 私は横に座る彼に、少しだけ身を寄せてみた。

 彼は、顔を赤くして、目を逸らした。


「いちいち反応が童貞臭いのよ!」


 私は、彼をからかって笑った。


「何だよ…」


 剣持君は、嫌そうな顔をする。


「あ?そろそろ久美を迎えに行かないと!」


 彼のスマホのアラームが鳴り、夢の様な時間は終わった。




 そして、次の日、私は結婚相談所に向かう。

 早すぎる成婚退会を報告する為だ。


「それは、良かった!さすが伊藤様です。元々お知り合いなら、話が早くても不思議はないですね」


 面談室で、長谷川さんが嬉しそうに言った。

 いや、不思議だろ!と心の中で、つっこみを入れる。


「もちろん、成婚料は、お支払いします。だけど、退会は先延ばししても構いませんか?もちろん、月会費は払い続けます」


 私は、長谷川さんに、そう言った。

 契約結婚の後、本当に結婚生活を始めるのかは、分からなかった。

 かっこいいとは思うが、まだ剣持君の事を信じ切れていないし、気持ちも薄かった。


 もしもの時に、また婚活を再開出来る様にしておきたい。

 その時、長谷川さんにも、引き続き担当してほしかった。


「構いませんよ。成婚退会された後、実際の結婚までに別れてしまった。あるいは、新婚旅行中に離婚、などの事態もありますからね。その様な事を言われる方は、何人かいます。休会状態に出来ますので、大丈夫です」


 長谷川さんは、そう笑顔で言ってくれる。

 この笑顔、癒される!


「ありがとうございます」


 私は、安心して結婚準備に入る事にした。



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