第9話 今度は、子育て要員?

 私は、彼の乗ってきたミニバンに乗り込む。

 デートカーとは呼べないが、乗り心地は悪くない。

 おそらく仕事でも使うものだろう。

 あまり高級車とかには興味が無いのかもしれない。


 今までならアウトなのだが、これまでの見合い経験で私の中のハードルは、かなり下がっていた。


 やがて車は、街の中心の大きなビルの駐車場に入る。

 ビルには、色々な会社がオフィスを構えていた。


 その1室に、私を連れていく。


 そこには、ところどころに服の在庫が積まれており、綺麗な女性スタッフ達が慌ただしく仕事をしていた。

 みんな私より高身長で美人、そしてお洒落だった。

 まるでモデルの様な人達だ。


「ちょっと、あんた、こんなに美人スタッフに囲まれて、何で私なんかに拘ってるの?」


 私は、恥ずかしくなって、剣持君に耳打ちした。


「お前の方が人として魅力的だからに決まってるだろう。美しいだけの女は見慣れている」


 彼は、真顔で返す。


「社長、お帰りなさいませ。こちらが、伊藤様ですか?」


 その中でも、ひときわ美しい女性スタッフが近づいてきて言った。

 まるで、女優の様なルックスに圧倒される。


「ああ、彼女に例のものを全て試着させてやってくれ」


 彼は彼女に、さらりと言った。


 彼女に別室に連れていかれた私は、次々に彼のブランドのものらしい服を試着させられる。

 どれも、私好みのクールなデザインだ。


「どうでしょう?どれが、お好みですか?」


 彼女が聞いてくる。


「この黒のワンピースが…」


 私は、そう答える。

 それは、ボディラインがはっきり綺麗に出て、少しだけ付けられたリボンの装飾が上品なワンピースだった。


「では、着ているところを社長にお見せ下さい」


 彼女に言われるまま、黒いワンピースを着て剣持君のところに戻る。


「どうかな?」


 私は、彼の前に立った。


「うん、イメージ通りだ。とても綺麗だよ伊藤さん」


 剣持君は、満足そうに私を見つめる。


「あの服は全て、君をイメージして作ったものだ。全部持って帰ってくれ。君を結婚相談所で見つけてから準備した。他の男に先を越されたらと思うと、気が気じゃなかったよ」


 彼は、そう言って笑った。


「え?でも高いんじゃ?」


 私は、躊躇する。


「全て社長自らデザインしたオーダーメイドで、1点しかないものです。値段なんか付けられませんよ」


 彼女が、笑った。


「おいおい、脅かすな。原価で言えば50万くらいだ。定価は150万は付けるだろうが、利益はどうでもいいんだ」


 彼が、ばつが悪そうに言う。


「高っ!」


 私は、思わず言った。

 どうりでサイズが全てぴったりなはずだ。

 私の大体のサイズを記憶してたって事?


「伊藤さんが学生時代と同じサイズで良かった。ごめん。勝手にこんな事して。気持ち悪かったか?」


 剣持君は、私に頭を下げた。


「それくらいなら、貰ってあげてもいいわ」


 本当は、そんなに高価なプレゼントを男性から貰った事は無い。

 でも、強がってそう言った。




 私は、彼のブランドのショッパーの紙袋をいくつも持ち、彼の車で送ってもらっていた。

 その車の中で、彼のスマホのアラームが鳴る。


「いけない!預かってる兄貴の娘を保育園に迎えにいかないと、急ぐから付き合ってくれ」


 彼は、そう言うと、車の進路を変える。

 ふと見ると、後席にチャイルドシートが取り付けられていた。

 こんな事に気が付かないとは、私も鈍い。


 でも、兄の娘と言っているので、子持ちではないだろう。

 騙されたわけではないようだ。


「すいません、今日は行けなくて」 


 保育園に着くと、既に一人の40歳くらいの女性に兄の娘さんらしい3~4歳の女の子が手を引かれて立っていた。

 おそらく、ベビーシッターさんだろう。


「いえ、いいんです。今日くらい、なんとかします」


 彼が、女の子を引き取ると、ベビーシッターさんは去っていった。


「今日は、おばちゃんいないの?」


 女の子が涙目になる。


「ああ、でも久美はいい子だから大丈夫だよな」


 彼は、そう言った。


「嫌!うえーん!」


 久美ちゃんは、そう言って泣き出した。


「久美ちゃん、どうしたのかな?」


 私は、しゃがんで、出来るだけ久美ちゃんと同じ目線にして話しかける。

 久美ちゃんは、一人ではご飯も食べれないし、お風呂にも入れない、寝られないと駄々をこねた。


「ちょっと、あんた!そんな事まで全部ベビーシッターさんに丸投げしてるの?」


 私は、剣持君を睨んだ。


「ああ、忙しくてな。でも、今日は来てくれるシッターさんがいなくて…」


 彼は、頭をかいた。


「そういう事じゃありません、最初からやらないから懐いてくれないんです!」


 私は、さらに文句を言った。


「じゃあ、今晩は、お姉ちゃんが一緒にいてあげるね」


 私は、満面の笑みで久美ちゃんに提案する。


「うん!」


 久美ちゃんは、笑って泣き止んだ。

 私は昔から子供が大好きだ。

 小さい子を見ると、放っておけなくなる。


「ええ!?いきなり家来るの?いいのかよ」


 剣持君が、慌てる。


「あんた童貞なの?子供の前で何も無いでしょ」


 私は、久美ちゃんを抱き上げると、車に向かって歩き出した。




 彼の家は、立派なデザイナーズマンションだった。

 コンクリート打ちっぱなしの部屋には、ほとんど物がない。

 お洒落だが、小さい女の子を預かるには、殺風景すぎるように見えた。


 冷蔵庫を開けると、久美ちゃんの食事が既に用意されていた。

 優秀なベビーシッターさんのようだ。


 私は、久美ちゃんと色々遊んだ後、晩御飯を食べさせた。

 彼と私は、置いてあったレトルトで済ませる。


「さあ久美、そろそろ風呂に入るぞ」


 剣持君が、久美ちゃんを風呂に連れて行こうとする。


「嫌!まだ、お姉ちゃんと遊ぶ!」


 久美ちゃんが、嫌がる。


「こら、我儘言うんじゃない」


 彼は、久美ちゃんを抱えて風呂に行こうとする。


「駄目よ、そんな強引な事しちゃ。私は遅くなってもいいから、先にお風呂行ってきなさいよ」


 私は、久美ちゃんを奪い取った。


「仕方ない。頼みます」


 彼は、一人で風呂に向かった。




「入りますよー、いいかなー?」


 私は、お風呂のドアをノックする。


「は?何言ってるんだ」


 中から剣持君の驚いた声が聞こえる。


 私は構わずドアを開けて、久美ちゃんと一緒に中に入る。

 当然、二人共、何も着ていない。


「うううあああ」


 彼は、変な悲鳴を上げて、大きな湯船の端に逃げる。

 まるでホテルのスイートルームの様な立派な浴室だった。


「何よ、いちいち童貞みたいな反応して。久美ちゃんが、お兄ちゃん、お姉ちゃんと3人でしか入らないって言ったからよ」


 私は、堂々と久美ちゃんと一緒に湯船に浸かる。


「いや、これは駄目だろう」


 剣持君が、真っ赤になって目を逸らす。


「子供が優先です!嫌なら、こっち見ないで」


 私は、彼を無視して久美ちゃんを、お風呂に入れた。




 久美ちゃんを寝かしつけた私は、リビングで彼と話し合う。


「ところで、何でお兄さんの娘を預かってるの?」


 私は、彼に尋ねる。


「実は、兄貴は2カ月前に交通事故で亡くなったんだ。義姉さんは、心労で子育て出来なくなってしまって。必ず迎えに来ますと一言残して、久美ちゃんを置いて実家に戻ったんだ」


 剣持君が、事情を話す。


「ははーん、さては私をベビーシッター代わりにしようとして、契約結婚なんて言ったんでしょ。私、元保育士だし。男ってみんな、女手が欲しくなると結婚したがるから」


 私は、彼にそう返した。


「違う!兄貴が亡くなったのは、君に見合いを申し込んでからだ。俺は、純粋に君の事を」


 剣持君は、焦って言う。


「さて、どうかしらね。でも、仕方ないわ。子供優先だもの。いいわ、すぐに契約結婚してあげる」


 私は、彼との契約結婚をすぐ実行すると言った。

 久美ちゃんに情が移ってしまった私は、彼女を世話してあげたくなってしまっていた。

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