第8話 サークル仲間と、契約結婚?

 それからも、私は、少し条件を下げた見合いを続けた。

 しかし、状況はちっとも変わらない。


 今までの恋愛と違うのは、とにかく私に何かを要求してくる事。

 仕事しないんですか?としつこく聞いてきたり、跡取り息子が生まれるまで出産出来ますか?とか。

 専業主婦なら、親と同居出来ますかとか。


 男を選ぶのは女の方のはずだ。

 何で私が色々指図されなければならないの?

 立派な男性なら、黙って女性を幸せにするべきだ。


 私は、すっかり結婚相談所の男性達が怖くなってしまった。

 会うのも、申し込むのも怖い。


 そして、半年間、放置してしまった。

 相手からの申し込みを全部無視。

 自分からも見合いのマッチングを申し込まなかった。

 会費は、お父さんが出してくれていたので退会はしていない。


 そうこうしているうちに、私は遂に30歳になってしまった。

 香織ちゃんは、とうの昔に成婚退会して式場選びに忙しい。

 美奈ちゃんは、やっと無難な男性と真剣交際に進んだ。


 完全に出遅れた!そして20代という見合いで最強の武器を失ってしまった。

 私は、焦って再び長谷川さんのところに出向く。


「すいません!身長は170cm、35歳までで年収は700万まで妥協します!とにかく塩顔のイケメンで優しい方を紹介して下さい!」


 面談室で、長谷川さんに最大限譲歩した条件を出す。


「実は、その条件、まだまだハイスペック男性なんですよ。一番人気がある層です。みなさん、そのくらいならいけると思い込んでいるみたいで。実際には、そう言う男性は、500名くらいしかいません。希望する女性は1万人越えてまして」


 長谷川さんが、残念そうに話す。


「でも、10代、いや20代前半に見える私なら、いけると思います。休んでいた間も、エステやヘアトリートメントサロン、ジム通いはかかしてません。掃除や洗濯はやってませんけど、少しだけ料理も覚えました!」


 私は、猛烈にアピールする。


「しかし、30代になってしまいましたしねえ。そういう男性は20代の女性を希望されている方が多いんですよ。男性が気にしているのは見た目ではなくて出産能力や、女性の収入なんです。男性の年収を下げると、共働きの希望も多くなりますからね。エステよりも就職活動を頑張った方が効果的です」


 長谷川さんは、そう言う。


 意味が分からない。

 今までモテる事で一番重要だったのはルックスだ。

 私は、そんなに背が高くない。

 だから、スタイルの維持には人一倍頑張ってきたのに…。


 結婚相手を選ぶのは女性側のはずだ。

 男性は結婚したら、女性を養うのが当たり前だと思っていた。

 その代わり、女性は男性に尽くす。


 私は、しゅんとしてしまう。


「しかし、いい知らせもあるんですよ!実は、お休みされていた間に受けた、お申込みで特におすすめな方を、こちらでキープさせていただいてます。全て、お断りして下さいという指示でしたが、あまりに勿体ない方だったので」


 長谷川さんが、そう言ってくれる。


「はい!ぜひ聞かせて下さい」


 私は、顔をあげて長谷川さんに真剣な眼差しを向けた。


「30歳、身長170cm、有名私立大学卒。年収2500万、ファッションデザイナーとしてアパレル企業を経営。他にも飲食業、化粧品販売などのビジネスをされています。身長は低めですが、塩顔のイケメンですよ!この方は、あなたを熱烈希望されていまして、4カ月経っても、まだ申し込みの返事を待ってくれています」


 ディスプレイに表示された男性の顔写真は、確かに中々のイケメンだ。

 身長は妥協しよう。

 私を熱烈希望なんて、やっぱり見る目のある男性はいるものだ。

 

「この方と、是非お見合いしたいです」


 私は、OKした。




 私は見合いの勝負服である、ピンクのシャンブレーセットアップに身を包み。

 スカートをなびかせて、ホテルの喫茶店に入った。


 そこに居たのは、確かに塩顔のイケメンだ。

 しかし、他の男性は見合いでは全員スーツ姿だったのに、彼は黒の大き目のTシャツにデニム姿だった。

 いくつか、渋めでセンスのいい、高級ブランドのシルバーアクセサリーを付けている。

 腕時計も地味だが、いいものを付けていた。


 だが、何だこの緩い恰好は?

 やる気がないのかしら。

 でも、ファッションデザイナーだから、感覚が違うのかもしれない。

 せっかくの良縁、前の様に簡単には逃したくない。


「初めましてぇ、伊藤です」


 私は、精一杯の笑顔と高い声で可愛く挨拶する。


「剣持誠です。俺の事、覚えてませんか?」


 彼は、眉をひそめ、不機嫌そうに言った。


「さあ?デザイナーの方は、知り合いにいなかったかと」


 私は首をかしげる。


「俺も、ピンクのシャンブレーセットアップなんて着てたから、間違いかと思ったよ。伊藤さん、もっと辛口の服が好きだったでしょ」


 彼は、私の好みを言い当てた。


 頭の中で、必死に彼の事を検索する。

 マッチングアプリの知り合った男性、学生時代に言い寄ってきた男性。

 ほとんどが名前も憶えていない。

 そして、なんとか一つの答えに辿り着く。


「4年制の方からテニスサークルに来てた剣持君!直人と付き合う直前で、告ってきた」


 私は、剣持君の事を思い出した。


「そうですよ。サークルで一番の高身長イケメンだった山本に負けた剣持ですよ」


 彼は、また不機嫌になったようだ。


「いやーあはは、あの頃は見た目と性格だけで選んでたというか…」


 私は、なんとかフォローしようとするが、年収以外に剣持君が勝っている要素が無い。


「知ってますよ。あいつと別れたんでしょ。だったら、今度は俺の事を考えてくれますよね」


 剣持君は、真顔で私に迫った。


「え?なんでそんな事知ってるの?こわっ、怖すぎるんですけど」


 私は、席を立つと、そのまま逃げようとした。


「待てよ!他の友人から聞いただけだ。そんなに俺が嫌いか?」


 後ろから、腕を掴まれて動けなくなってしまう。

 私は、強引に、もう一度座らされる。


「これは、うちで出してるドクターズコスメのパンフレット。ここに佐々木医師の監修だって顔写真が入ってるでしょ。彼から、伊藤さんが、この結婚相談所にいると聞いたんだよ。それで、俺も入会して申し込んだ。随分待たせてくれたよね」


 剣持君が出したパンフレットには、私が前に見合いした佐々木医師の顔写真が入っていた。


「でも、あなた、相変わらず女の気持ちが分かってないわね。男はすぐに燃え上がるけど、女は時間がかかるの。そんなに急にせまられたら、ドン引きよ」


 私は、横目で言う。


「何言ってるんだ?学生時代含め、何年かかってると思ってるんだ。もう時間は充分でしょ」


 彼は、そう言い放つ。


「あんたなんて、眼中になかったのよ。何も覚えてないわ。悪いけど、この見合いは断らせていただきます」


 私は、きっぱりと言った。


「分かった。でも30歳になって焦ってるんだろう?俺なら、絶対に君の望む結婚生活を実現させてやる。今度こそ、俺に惚れさせてやる。だから結婚しよう。愛が無くてもいい。1年間、俺と契約結婚してくれ。満足すれば結婚生活を続ければいい。駄目なら離婚して、慰謝料を充分に用意する」


 彼は、真剣な眼差しで言った。

 よほどの自信がないと、ここまで言えない。

 彼の気持ちの強さに、さすがに心が揺れる。


「分かったわ。そんなに言うなら、まず仮交際してあげる。それで満足出来たら真剣交際。そうじゃないと怪しまれるし…それで私を惚れさせてみなさいよ」


 私は、なんとか声を絞り出し、そう言った。


「よし、必ずお前の理想の彼氏になってやる。注文があるなら、何でも言ってくれ」


 剣持君は、ぶっきらぼうに言う。


「まずは、もっと優しく話す事!私は、優しい男が好みなの」


 私は、横を向いて言った。


「分かった。すまない伊藤さん。これから俺のブランドに行ってくれないか?俺の好きな人が、こんな好きでもない服で他の男に媚びるのは嫌なんだ」


 彼は、優しく私に話しかける。


「買ってくれるなら、行ってもいいわ」


 私は、満足気に返す。


「もちろん、プレゼントするよ」


 彼は、やっと優しそうな眼差しを私に向けてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る