第7話 介護要員や軽自動車は、ごめんです

「お相手の方も、お付き合いOKだそうです。仮交際に話を進めましょう。相手の連絡先を教えますので、後は自分達で連絡を取り合い、交際していただきます。3カ月以内に真剣交際に進めるか、お知らせ下さい」


 結婚相談所の面談室で、長谷川さんが私に説明する。

 交際OK?仮とはいえ、ドクターの彼氏ゲット!

 しかも、将来は結婚を考える間柄だ。


「はい!がんばります!」


 私は、元気よく答える。

 どうだ?これが私の実力よ!


 そして、私とドクターの佐々木さんは、交際をスタートした。


 彼は、いつも紳士的。

 いつも道路側を歩き、ドアを開けてくれる。

 常に私に人が、ぶつからないように気をつけている。


 連絡は、いつも丁寧な返事が。

 メッセージにも、すぐに返信してくれる。

 デートが終わったら、楽しかったねと必ずメッセージがくる。


 当然デート代は全て、彼の奢り。

 記念日でもないのに、ちょいちょい気のきいたプレゼントもくれた。

 毎回、最寄り駅まで車で送ってくれる。


 今まで、ここまで丁寧な扱いを受けた事がない。

 まだ仮交際なのに、完全に溺愛されちゃってるじゃん私。


 あっという間に1カ月がすぎた。




「へー!和美もドクターと交際してるんだ」


 香織ちゃんと美奈ちゃんと、3人でお茶をしながら、佐々木さんの事を報告する。

私は、ふふんと自慢げに鼻で笑った。


「でも、イケメンドクターは浮気も心配よ。ほっといて語学留学なんて出来ないわ」


 香織ちゃんが、言った。


「でも私、溺愛されちゃってるから…」


 私は、二人に彼の私への扱いを解説する。


「それはお幸せそうで」


 香織ちゃんが、遠い目で言った。


「和美ちゃん、今までろくな男と付き合ってなかったのね」


 美奈ちゃんが、涙目で私を見る。


「こら!やめなさい美奈!本人が幸せそうにしてるんだから」


 香織ちゃんが、美奈ちゃんをたしなめる。


 なんだろう?滅茶苦茶馬鹿にされた気がする。


 


「和美さんとの結婚を、真剣に考えています。真剣交際していただけませんか?」


 佐々木さんとの仮交際が2カ月を過ぎた頃、彼と車で走っている時に、告白を受けた。

 真剣交際は、結婚に向けて本気という事で、恋人関係になる事とされている。


「私も、佐々木さんとの将来を本気で考えています」


 私は、そう答える。

 素直に、その言葉出てきた。

 胸がドキドキするのが分かる。

 こんな気持ちは、ひさしぶりだ。


「それでは、お話しなんですが、これを見て下さい」


 佐々木さんが、車を道路の脇に止め、1枚の写真を見せてくる。

 そこには立派な2世帯住宅が映っていた。


「父が建てた2世帯住宅です。結婚したら、ここで両親と祖父母と一緒に暮らしていただけませんか?実は、母が一人で祖父母を介護していて大変なんです。専業主婦の方にきていただけると、大変助かります」


 佐々木さんの突然の言葉に、頭がぐるぐるする。

 どういう事?

 私は、介護要員って事?


「か、考えさせていただきます!」


 私は、とりあえず、そう言うのが限界だった。




「そんな。ここまできて、お断りするんですか?これほどの良縁、そうそうないんですよ」


 面談室で、長谷川さんが溜息をついた。


「はい。新婚から介護なんて無理です。まるで、介護要員を確保する為に結婚するみたいじゃないですか。そこに愛はあるんですか?」


 私は、そう言った。


「しかし、介護は永遠じゃありませんし、いい家の坊ちゃんと結婚したいなら、どうしても避けられませんよ」


 長谷川さんが、説明する。


「でも、祖父母と次は両親でしょう?うちの両親だっているし、無理です。大体、最初から相手の両親と同居なんて嫌です。私は、幸せな新婚生活が味わいたいんです。尽くしたいのは旦那様であって、御両親じゃありません」


 私は、そう言って駄々をこねた。


「分かりました。では、お断りしますよ。しかし、両親のサポートを受けずに同年代で年収1200万以上というのは、ドクターでも弁護士でも不可能に近いです。もう少し条件を下げていただかないと」


 長谷川さんが、困った顔をする。


「分かりました、年収は800万まで下げます。これ以上は私も父も妥協出来ません」


 私は、きっぱりと言った。


「あまり変わらない気もしますが…その条件で、なんとかピックアップしておきましょう」


 長谷川さんは、そう言ってくれた。




「というわけで、お断りしました」


 私は、香織ちゃんと、美奈ちゃんと、お茶しながら見合いが駄目になった事を報告する。


「1回や2回、気にしないで、和美なら、もっといい男いけるよ!」


 香織ちゃんが、元気づけてくれる。


「そういえば、私、成婚退会しましたぁ。半年後に結婚式の予定です。二人共来てね」


 香織ちゃんが、成婚を報告する。

 チビデブハゲのおっさんドクターと結婚出来る感覚は、尊敬する。

 いや、見た目も好みって言ってたっけ。


「さすがです。私なんて、なかなか絞れなくて…まだ8人と仮交際中です。2人、ふられました。真剣交際に進むには1人に絞らないと駄目だって言われて、躊躇してます」


 美奈ちゃんが、まだ8人と付き合っていると言った。

 全然男性経験が無さそうな顔をして、尊敬するわ。

 きっと相手の男性達も、優柔不断な彼女に翻弄されているだろう。




「伊藤様、先方より申し込みがありました。29歳、身長175cm。年収1000万、国公立大学卒。親の会社の跡取り息子で、取締役の方です。身長が足りないのと、ちょっと太っておられまして、どうします?」


 支部に呼び出された私は、ちょっと条件に合わない人からの申し込みを知らされる。


「分かりました。お受けします」


 ブロークンハートで参っている私は、思わず見合いを受けてしまった。




 当日、ホテルの喫茶店に現れたのは、太ったオタクっぽいおじさんだった。

 体重は、100kgはありそうだ。

 黒縁眼鏡をかけ、終始笑わず気難しそうな印象を受ける。



「こんにちわ杉田です。うちは、不動産の賃貸やってまして、誰かが家賃を払いにきたりするので専業主婦のあなたに、家賃の受け取りと、台帳記入をやってもらいたいんですが、出来ますか?家は、実家内に離れを建てます。親の世話とかは、考えなくていいです。自由にしてて下さい」


 杉田さんは、いきなり仕事と家の話をし始めた。

 まだ何も話してないのに、いきなりか?


「うちも、父が同じ様な商売をしておりまして、大丈夫、それくらいは出来ます」


 私は、勢いに押されてそう答える。


「じゃあ、実家見せますんで、行きましょうか」


 杉田さんは、いきなり立ち上がった。


「はい!」


 私は、その勢いに押されて立ち上がった。




 駐車場にあった杉田さんの車は、小さな軽自動車だった。

 彼は、さっさと軽自動車に乗り込んでしまう。

 軽自動車は、彼が乗った方に傾いており、思わず笑いかけてしまった。

 それにしても年収1000万で軽自動車?どういう事?


 そうか、今日はたまたま社用車で来たのかもしれない。

 そうに違いない。


 私は、自分で軽自動車の助手席に乗り込んだ。

 チープだ。

 チープすぎる。

 軽自動車にしても、最下位グレードだった。

 内装が全て安っぽいプラ製で、防音性が低く軽のくせにエンジン音がうるさい。


「行きますよ」


 彼は自分の体重で動きが鈍い軽自動車のアクセルを思い切り吹かして走り出す。


「ところで、何で軽自動車なんですか」


 私は聞いた。


「はあ?何か言いました?」


 彼は、そう聞き返す。

 車内がうるさくて聞こえなかったのだろう。


「だから!何で!軽自動車なんですか!」


 私は、大きな声で言い直す。


「高級車なんて無駄です。これで充分でしょう」


 彼は、不機嫌そうに言う。


「でも、かなり稼いでおられるでしょう!」


 私は、そう聞き返す。


「将来は相続税払わないといけないでしょ。貯金は大事ですよ。無駄使いは敵です」


 彼は、いらいらしながら言う。


 駄目だこいつ。

 典型的なケチだ。

 というか、女性と付き合った事ないんじゃない?

 いきなり、この扱いはひどすぎる。


「もういいです!降ろして下さい!自分で帰ります!女性と付き合いたかったら、もうちょっとマシな車に乗り換えて下さい!」


 私は、そう大きな声で言った。


「そうですか、残念です」


 彼は、路肩に車を止め、残念そうに言う。

 残念なのは、お前自身だよ!

 私は車を降り、傾いた彼の軽自動車が去るのを見送った。


 いきなり何だあれは?

 結婚相談所には、とんでもない男性がいるもんだ。

 私は、すぐにお断りの知らせを長谷川さんに入れた。

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