第5話 建築会社社長の食事マナー

 数日後、申し込みがあったようで、再び支部へ向かった。


「伊藤様、また申し込みがきました。今度も高収入のイケメンですよ!年齢29歳、身長180cm、体重70kg、専門学校卒。年収3000万、建築会社、中古車販売業者、マンション管理業などを掛け持ちする敏腕社長です!」


 長谷川さんが、ディスプレイに出した男性は、確かに顔立ち整ったイケメンだった。

 ただ、茶髪でいかにもヤンキーっぽい雰囲気だ。

 なんか、遊び人っぽい。


「でも、専門学校卒って…馬鹿は嫌です。夫は私より頭がいい人じゃないと」


 私は、そう文句を言う。


「でも、短大も、そんなに変わりないんじゃないですか?同年代で、いくつも会社を経営する敏腕社長ですよ?きっと、実践で身に付けた頭の良さをお持ちのはずです」


 長谷川さんは、学歴とは関係ない頭の良さを説明してくる。


「でも、私の卒業した短大は有名私立で、お金持ちの子息が多くて有名な学校だったんです。専門学校はちょっと…」


 私は、乗り気ではない。

 学歴もそうだが、ヤンキーっぽい見た目が気にいらない。

 もっとセンスのある人がいい。


「とにかく一度会ってみて下さい。何事も経験ですから。お見合い料がかかりますが」


 長谷川さんは、そう言って引き下がらない。


「まあ、お見合い料は、父が出すからいいんですけどお」


 長谷川さんの言葉に押し切られて、私は仕方なく了承した。




 お見合い当日、この結婚相談所でよく使われるホテルの喫茶店に向かう。

 私が、彼に近づくと、すっと立ち上がり、軽く会釈してきた。


「初めまして大門です。よろしくお願いします伊藤さん」


 彼、大門さんは、茶髪にピアス、白いスーツに派手な高級時計という、いかにもヤンキー上がりの社長という姿だったが、非常に礼儀正しい人だった。

 言葉や仕草が、全て丁寧で失礼がない。


 やっぱり、敏腕社長は違う。

 商売で、人付き合いが鍛えられてるのね。


 気に入らないはずが、思わず会話が盛り上がる。

 話していて気持ちのいい人だった。

 頭の回転も速い。


「もうすぐ昼時ですね。よければ、このホテルの和食レストランで昼食など、どうでしょう?」


 彼が、お昼をご馳走すると言ってきた。

 気前もいい。

 やっぱり、男は高収入じゃないと!

 直人とは、いつも割り勘だった。


「はい、喜んで」


 私は、笑顔でOKした。




 やっぱり、この人駄目だわ。

 食事中、私は幻滅した。

 大門さんの、はしの持ち方がおかしい。

 一見ちゃんとしてそうなのだが、指の置き方が違う。


 これは、ちゃんとしつけられていない証拠だ。

 親が、いい加減な人なんだろう。

 これからは親とも付き合わねばならないのに、いい加減な人達では困る。

 大体、ヤンキーの親って怖くない?


 おまけに若干クチャラーだ。

 汁物を、ずるずる音をさせて食べたり、気になるところがいっぱいある。

 おまけに、時々大口をあけて、つまようじで歯につまったものを取っている。


 こんな人と、毎日食事をするなんて考えられない。

 すっかり食欲が無くなってしまった。


「どうしたんです?たべないんですか。これ、美味しいですよ」


 大門さんが、満点の笑顔で話しかけてくる。


「はあ、ちょっと食欲が出なくて」


 私は、横を向いて以後、黙ってしまった。




「どうでした?いい人だったでしょう。人気の方なんですよ。相手の方は、仮交際に進んでもいいと仰ってます」


 次の日、支部に行くと、長谷川さんが相手の方が交際したいと言っていると知らせてきた。


「お断りします。私、食事のマナーが悪い人とは暮らせません。確かに男性の商売相手と飲むくらいは大丈夫なんでしょうけど、彼は上品な女性と付き合った事が無いんじゃないですか?」


 私は、はっきりと言う。


「ああ、やっぱりそうですか…。本人も気にしていて、注意しているらしいんです。前より改善しているはずなんですか…」


 知っていたのか、長谷川さんが残念そうな顔をする。


「気にして直そうとしているのは分かりました。しかし、それが余計に気になるんです。ちょっと違うと、もっと気になるというか。いい人なのは分かりますが、生理的に受け付けないんです」


 私は、そう言って、お断りした。


「彼の年代で、この高収入の方は、まずいないんですがねえ。同年代で高収入イケメン、伊藤様のニーズに合うと思ったんですが…生理的に受け付けないのは仕方ないですねえ」


 長谷川さんは、残念そうだ。



「では、今度は、こちらから申し込んでみましょう!10人まで同時に申し込めます。競争率が高いですから、簡単ではないですが、伊藤様ほどの若さとルックスがあれば1人くらいはマッチングするかもしれません」


 今度は、長谷川さんが、こちらからの申し込みを提案してくる。

 いよいよ、見合いの本番だ。

 ここまでは前座。

 私の望みの相手と見合いが出来る。


 10人申し込んで1人しか返事がないとか馬鹿にしているわ。

 私はマッチングアプリで、イケメンドクターと3人同時に付き合った事もあるのよ!

 半分の5人は、OKしてくれるはず。


 私は、自信満々で、リストの男性達から、申し込む人を選び始めた。


 さすが人気の層だけあって、50人ほどいるリストの半分くらいは交際中と表示されていて申し込めない。

 他にも、見た目が好みじゃない人、思ったより太っている人などを避けると、丁度10人くらいしか申し込み出来なかった。




 その後、私は、ひさしぶりに高校の同級生で、偶然にも婚活仲間になった香織ちゃん、美奈ちゃんと、お茶する事になった。


「やりました!私、このドクターと交際始めました」


 香織ちゃんが、Vサインする。

 さすが、同級生の中でも一番可愛くてモテた香織ちゃんだ。

 看護師なだけあって、しっかりドクターを捕まえていた。


 彼女は、二人で写っている写真をテーブルの上に置く。

 そこには、あのチビデブハゲのおじさんと香織ちゃんが、仲良さそうに腕を組む姿が映っている。


「はあ?こんな、不細工のおじさんでいいの!?私達の中で、一番モテた香織ちゃんが?」


 私は、頭の中が???だらけになる。


「何言ってるの、彼、超可愛いじゃん。まるでぬいぐるみみたい。禿げたところを、なでなでしてあげると超喜ぶのよ」


 香織ちゃんは、嬉しそうに答える。


「でも、10歳年上のおっさんだよ?」


 私は、言い返す。


「何言ってるのよ、看護学校の同級生で目ざとい子は学生のうちにドクターを捕まえてたわ。年の差は想定内。それに、見た目で生活が変わるわけじゃないし、ドクターで高年収なのが大事なの!」


 香織ちゃんは、正論を言った。


「確かに、それは反論出来ない」


 私には無理だけど、彼女が幸せなら見た目や年はどうでもいいか。


「それに彼、結婚したら1年間語学留学してもいいって。費用も出してくれるわ。これからは、女性も勉強してキャリアを積むのが大事だって言ってくれた。語学留学するの夢だったの」


 香織ちゃんが、嬉しそうに言う。


「はあ?新婚で旦那をほっといて1年間留学?」


 私と美奈ちゃんは、目を丸くする。


「それに、まだパーティーから2週間でしょ。話早すぎ。そんなに早く結婚相手を決められないわ」


 私は、そう言った。


「何言ってんの。婚活は恋愛じゃないのよ。条件があえば、どんどん進めなきゃ。私達は、お互い理想の相手に巡り合ったのよ。話は早くて当たり前。近いうちに仮交際から真剣交際に切り替えて成婚退会するわ」


 香織ちゃんが、いちいち正論を言う。

 でも私は、ちゃんと好きになれる相手じゃないと結婚は無理だと思った。


「ところで、美奈ちゃんは、どうだったの?」


香織ちゃんが、美奈ちゃんに婚活パーティーの結果を聞く。


「私、全然選べなくて、自分からは誰も申し込まなかったんだけど…10人ほど申し込みがきたから、それも選べなくて全員とお付き合いを…」


 美奈ちゃんが、そう言って恥ずかしそうに微笑んだ。


「は?そんな事したら、ブサメンやおじさんともつき合う事になるじゃん!大変だよ」


 私は、驚いた。

 確かに望みのスペックに届かない男性からの申し込みは私にもあった。

 それは、全員断っている。


「えへへ、でもみんな、いい人なの。デートでは必ず奢ってくれるし、優しいし」


 美奈ちゃんが、恥ずかしそうに笑う。


「男なんて、大体そうでしょ。特に結婚目的なんだから」


 私は呆れた。

 男が、可愛い子に優しいのは当たり前、つき合いたいなら奢ってくれる。

 そんな事で男を選んでいたら、きりがない。


「でも私、婚活に時間をかけるつもりはないし、この中から誰かと結婚するつもり」


 美奈ちゃんは、そうはっきり言った。


「そんなに簡単に決められたら、苦労しないよー。前の彼氏以上のイケメンでお金持ちと結婚して見返したいし、そんなに好きでもない男に苦労させられたくないの」


 私は、そう言って、大きな溜息をついた。


「これは、こじらせてるね」


 香織ちゃんが、美奈ちゃんに言った。


「そうだねぇ、和美ちゃんは婚活で苦労しそう」


 美奈ちゃんが、心配そうに私を見た。

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