夏の夢 10.5

 疲れて眠ってしまったテレサの乱れた黒髪を、手で梳きながら頭を撫でる。

 穏やかな寝息が愛しい。


 体の関係に戻れたのは、嬉しいけど寂しくもある。

 初恋に浮かれて、出来なくなってしまったテレサが可愛くて、何年でも待つつもりだったけど求められたら断れるはずがない。

 徹底的に壊されてしまったテレサの情緒が育つのには、何年もかかると思っていたけど、半年もかからなかった。

 それが、寂しい。

 もっとゆっくり変わってくれてよかったのに。

 その過程をもっと愛でていたかった。


 そして、それは私に与えられた猶予期間でもあった。

 あまりにも美しく見すぎてしまったテレサの中の私を、現実の私とすり合わせるための。

 テレサが恋人になってくれた時は嬉しくて、それでもいいと思っていた。

 だけど、恋の盲目から醒めた時に、本当の私を知らないままでは幻滅されてしまうのではないかと、だんだん怖くなった。

 でも、テレサは自分で気づいて、私のことを知りたいと言ってくれた。


 もともとテレサは賢い人だ。

 表面を取り繕っているだけの私とは違う。

 私が迷って、身動きがとれなくなっている間に、テレサは一人で進んでしまった。


 初恋に浮かれるテレサを愛でていたいのも。

 テレサの絶望の声に臆病になっているのも。

 変わっていくテレサが嬉しいのも。

 テレサを閉じ込めてしまいたいのも。

 世界を広げて過去から解放されてほしいのも。

 他の人と二人きりにしたくないのも。

 弱いところを隠しておきたいのも。

 全てを受け入れて欲しいのも。


 全部、私だ。

 少しも落ち着いてなんていない。

 本当に依存しているのは、私の方だ。


 なんてことを、真面目に悩んだりなんてしていない。


 最近の私はテレサとの関係をそんなに深刻に考えていない。

 自分の言動を突き詰めて考えれば、そんな矛盾や迷いがあったと言うだけのこと。


 なるようになると言うか、何があっても私の想いは変わらないし、形は変わってもテレサが私を想ってくれることも信じている。

 信じていても不安になることもあるし、嫉妬だってするのが感情というものだから、今夜はそれを口にしただけのこと。


 テレサと一枚のシーツにくるまって、柔らかい体を抱きしめる。裸で触れ合った素肌が気持ちいい。

 乱暴にしたら折れてしまいそうなのは変わらないけど、しっとりとした肌の下に少し柔らかいお肉がついて触り心地のよさが増している。


 この人が私の腕の中で安心して微睡んでいる。

 これだけが全てだ。


 絶対に離さないし、離れない。

 それだけ心に定めておけば、あとは適当でいい。

 どうせ永い時間を共にいることになるのだから。

 喧嘩もするだろうし、関係性も揺蕩っていくだろう。

 その中で正しい選択も、間違った選択も必ずすることになる。

 冬の時のように、一つ一つを重く受け止めて、決定的な罅を二人の間に作る方が怖い。

 どうせ想いはお互いにどうしようもないくらいに重いのだから、関係性くらいは、正しく適当でいい。

 テレサには私のことを、この人馬鹿だなぁと思ってもらえるくらいが、ちょうどいい関係だと思っている。


 その意味では、今夜は失敗だったかもしれない。

 感情的になって、少し話しが重くなりすぎてしまった気がする。

 触れ合うことも、喧嘩することも、気持ちを伝えることも、隠し事をすることも、もっと気軽でいい。

 いちいち、劇的なことをしていたら疲れてしまう。

 今日の気持ちが明日も続いているかなんて誰にも分からないし、昨日言ったことを今日には翻すことだってある。

 人なんてそんなものだ。

 テレサを大切に想う気持ちだけ忘れなければそれでいい。


 目覚めたらどうするか考える。欲望に従って続きをしてもいいし、すごく優しくしてあげてもいい。

 そんなことを考えるのがすごく楽しい。

 どうせ、目覚めた時の気分で決めることだけど。


 テレサを抱きしめたまま、目を瞑る。

 くっついたままだと少し暑くなってきたなぁ、と思った。

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