夏の夢 7

 魔女の夜会と言うと、なんだかとても怪しい感じがするかもしれないけれど、実際のところはただの会食だった。

 ティティスに連れられて、ソフィと一緒に会場に入ると、長方形のテーブルを囲んで四人の女の人が腰かけていた。

 年齢こそバラバラだけど、いずれも容姿の整った女の人たちだ。


 扉の開いた音に、四人の目がこちらに集まった。

 エスコートするソフィの腕に手を置いたわたしは、その視線を受け流す。

 こうして、自分と同じ魔女を前にしても、何の共感も興味もわかない。


「皆、よく集まってくれたな。新しい魔女を紹介しよう」


 ティティスの言葉に、ソフィが軽く前に出る動きをしたことで、自己紹介をするように促されていると分かる。


「お初にお目にかかります。モルガナの名を継ぎましたテレサと申します。以後お見知りおきを」


 ソフィを真似した、裾を軽く上げる礼をする。

 わたしを見る目の、険を強めた人がいた。

 つまり、これが、アレクシス王の言っていた、わたしの出自を知っていて、それが貴族のように振舞うことを不愉快に思う高貴な生まれの人だろうか。


「テレサ、席につけ」


 ティティスに言われて、空いている椅子に座った。

 隣にソフィの椅子も用意されていたけれども、ソフィは座らずにわたしの後ろに立って、肩に手を添えてくれる。

 その手の指に光る指輪が見えて、心が温かくなる。わたしは自分の手にもあるそれに、指先でそっと触れた。


 ティティスも席について、テーブルを見回す。


「では、六十五年ぶりの魔女の夜会を始めよう。古い順で自己紹介でもするか?」


 ティティスの言葉に最初に応じたのは、二十代半ばに見える女の人。かなり古い型の修道服を着ていて、美しいのだろうけど、わたしには顔の認識が難しい。と言うのも、両目を覆って巻かれた布に印象が吸われてしまう。


「ティローネです。よろしくお願いします」


 穏やかな、母性を感じさせる声と雰囲気。

 ソフィは幼いころに亡くした母親を求めているところがあるから、少し心配になる。


「ティティス様。挨拶も終わりましたし、帰ってもよろしいですか。人が多いと疲れてしまって」

「顔合わせが済んだら好きにしろ」

「ありがとうざいます。それでは、皆様、申し訳ありませんが失礼します」


 杖もつかずに、目が見えないとは思えないほどしっかりした足取りで退出する。

 あまり、ソフィと関わってほしくない人だったので安心した。


「じゃあ、次はあたしかな。グリオンだ。もともと遺跡調査を生業にしていて、いまは魔導技術の研究をしている」


 そう言ったのは、この中では見た目が年かさの三十歳ほどの女の人。

 短い赤の癖毛。口調は乱暴だけど、テレサと同じくらい背は小さい。

 どうでもいいけど、遺跡調査を仕事にしていた聖女って何だろう。意味不明すぎる。


「私の番ね。グリエンよ。南方の遊牧民の巫女をしていたわ」


 褐色の肌に露出の多い薄衣をまとった、肉感的な二十歳くらいの美女。めりはりのある美しい肢体は蠱惑的でありながら、清純さも合わせ持っている。

 見た目は全く似ていないのに、なぜかその美しさはソフィに似ていると思った。

 いやだな、この人。

 ソフィとすごく気が合いそうだし、釣り合っていそう。


 わたしが密かにその人を観察している間に、残りの一人が口を開いた。


「モローネと申します。アルテシオンの侯爵家の出です」


 居丈高な声で言ったのは、わたしに険を向けてきた人だ。

 五王国の一つ、アルテシオンの侯爵家ともなれば、祖王の血筋を除けば最高位の家柄と言える。

 ソフィと同年代の、金色の髪と碧の瞳の見るからに貴族の令嬢。たしかに美しいのだろうけど、下手にソフィと似ている部分が多いから、ソフィのまがい物にしか見えない。

 わたしは一瞬でこの人がどうでもよくなった。たぶん、ソフィが一番興味がない種類の人だと思う。


「いま集まれる魔女は、これで全員だ。他にメイズとグリネアがいるが、まあこの二人と出会うことはないだろう」


 魔女は全部で九人と言われている。

 ここに六人で、他に二人。一人足りないけど、言わないということは、言えない理由があるのだろう。わたしにはどうでもいいことだ。


「顔合わせは済んだし、帰りたいものは帰っていいぞ」


 なんていい加減なんだろう。

 それなら、わたしこそ帰りたい。


「まだ一人、紹介してもらっていないようだけど」


 短く刈った赤髪をかき乱しながら言う、その人の目はソフィに向かっていた。


「魔力が繋がっているね。人間の使い魔か。興味深いねぇ」

「グリオン様、貴女が魔術に傾倒していることは存じておりますが、些か不謹慎でしょう。人を使い魔にすることは大陸条約で禁じられています」


 咎める声で言ったのは、モローネと名乗った、わたしに険を向けてきた人だ。


「条約が禁じているのは、相手の意思によらずに精神を支配することだよ」

「それは、詭弁というものです」

「詭弁ねぇ。まぁ、例え相手が受け入れていても、無意識の魔力抵抗は回避できないはずなんだけどね」


 観察するような目が、ソフィから外れない。


「新しい魔女ができることではない。どうやったのかな」

「それに関しては僕から説明する」


 答えようのないわたしに代わって、ティティスが答える。


「呪具を媒介に、魔力抵抗を回避する方法だ。共にいたいという相手がいる魔女には、この呪具を提供する準備がある」

「ティティス様。お言葉ですが、あまり感心できることではないと思います。魔女の使命に他者を巻き込むべきではないかと」

「モローネ。別に強制ではない」

「強制するものが出てくるのではないかと危惧しております」


 モローネと呼ばれた、険を向けてきた魔女が、わたしとソフィを意味ありげに見る。


「そちらの方も、本当は使い魔になることを強要されたのではないですか」


 わたしの肩に置かれた、ソフィの指がかすかに動いた。

 わたしは、とくに何も思わない。ソフィが人の使い魔になるような人に見えないのはたしかなので、妥当な感想なのではないだろうか。


「私はまだ、正教会に繋がりがあります。そこから、新しいモルガナは卑しい生まれの方と聞いております。高貴な使命を理解していないなら、そのようなことをしてもおかしくないのでは」

「よせ。ソフィア様が使い魔になったのは、ご自身の意思だと僕が保証する」

「ソフィア…様?」


 ティティスが様付けをしたことがよほど意外だったのか、ソフィを二度見している。

 他の魔女たちも驚きが隠せないようだ。


「…自分の意思であったとしても、騙されていないとは言えません。なにしろ、娼婦のようなことをしていたと…」


 その瞬間。

 わたしの肩からソフィの手が離れ。

 目の端で、閃光のような一筋の光が走った。

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