翼はないけど 1
「これ、今回届いたぶんです」
ソファーに腰かける私に、テレサが巾着を差し出してくる。
私は情けない気持ちで、テレサと巾着を交互に見た。
受け取らない私に、テレサが小首を傾げる。
可愛いけれど、いまは素直に愛でられない。
「…受け取ってください」
催促されて、しぶしぶ受け取った巾着の口を解いて中を覗く。
中には想像通り、金貨が詰まっていた。
それを見て、顔をしかめる。
「…多すぎない?」
「そうですか? 生活に必要な分は除いているので、お小遣いです」
「お小遣い…」
私、お姉さんなのに。
たしかに、ええ、お仕事はしていないけども。
テレサの元には、定期的に国と正教会からお金が届く。
こんな辺境には頻繁過ぎるほどに来る行商と併せて、魔女の保護施策なのだろう。それは当たり前のことだ。国と正教会はいくらテレサにお金を積んだって足りるものではない。
それはそれとして、お金が届くたびに、テレサはその一部を私に渡してくる。
それも、少し、いえかなり金額が大きい。
これ、たぶん生活に必要なぶん以外、全部押し付けられている気がする。
テレサは自分のためにお金を使ったことがないから、使い道が思い浮かばないのだと思う。
それを、お小遣いと言う名目で私に押し付けている。
わたしが困るのを分かっているから。
最近、私がテレサを揶揄いすぎることへの、ささやかな仕返しとして。
これは、使わなければいけないお金だ。
村や行商は、このお金がある程度使われることが前提で成り立っているはず。使わなかったら立ち行かないというほどではないと思うけれど、苦しくなるでしょう。
「テレサは何か欲しいものないの?」
「ありません。ソフィが好きに使ってください」
私だって、お金を使うのは苦手なのだ。何に使っていいか、ぜんぜん分からない。
王女のころは必要なものは周りが揃えてくれたし、なければないで無理に欲しいとはあまり思わない。
刺繍や楽器など、貴族令嬢としての嗜みはあるけれども、趣味と言うほど好んでいるわけではない。
にっこりと笑うテレサが憎らしい。
ううん。やられたままは悔しい。お姉さんとして。
どうしてあげよう。
私はテレサの手を掴んで引っ張った。
膝の上に腰を落としたテレサのお腹を抱え込む。
「もう、ソフィ」
甘い声で、私の腕に触れてくるテレサ。
仕返しへの仕返しだと思ったのでしょう。
でも、私の意識はそこにはなかった。
腕を回したテレサの腰回りと、太ももにかかる体重。
相変わらず、細いし軽いけど、少しだけ肉付きがよくなっている。裸を触らなくなってしばらく経つので細かいところは分からないけど、間違いない。
これなら、いける。
◇◇◇
「というわけで、服をいろいろ買ってきたから」
「はあ」
テーブルの上に積まれた何着もの服を見て、居間のソファーの向かいに座るテレサは、興味なさそうな声を漏らす。
「ソフィ、こういうの好きだったんですね」
「まあ、嫌いではないけど」
可愛い服もお洒落も好きだけど、そこまでこだわりがあるわけではない。
「これは、テレサのよ」
「はい…?」
「いえ、正確に言うと私たちのね」
「意味が分からないのですが」
「抱っこしてみて確信したわ。胸の大きささえ気を付ければ、私たちは着回しができる」
胸のくだりのあたりで、微かに表情が動いたのを私は見逃さなかった。
最近、気にしているらしい。
たまに私のを恨めしそうに見ている。どちらかと言えば、私も小さい方なのだけど。
たぶん大きさを気にしていると言うよりは、私より小さいことを気にしているのだと思う。私は、私の掌に収まる大きさが好きなのだけど、乙女心は複雑だ。
「いろいろ言いたいのですが、あの…わたしの体形、把握しているのですか?」
「当たり前でしょう」
当然のことを当然と答えた私に、なぜか頭痛を堪えるようにテレサが頭をおさえる。
「『
掌で顔を覆って、蹲ってしまった。
呻くような声が、指の隙間から漏れ聞こえる。
「…世界で一人かもしれない絶技を、くだらないことに使って」
恋人の体形把握はぜんぜん、くだらなくなんてない。
しばらく怨嗟の声らしきものを呟いてから、テレサは顔を上げた。
「それで、これをわたしが着るのですか」
「テレサ、いつも同じ服なので、可愛い服を着てもらおうと」
「着回しできる必要はあるのですか?」
「ごっこ遊びをしましょう」
何を言っているのだという顔で見られた。
「今回はこれ」
私は服を二着、両手で持つ。
「侍女のお仕着せと、ドレスよ」
ドレスは、純白で薄絹のシンプルなハイウエストのシュミーズドレス。ドレスの最近の流行は装飾華美なものだけど、ローレタリアでは華美はあまり好まれないから、昔の流行がわりと今も続いている。
お仕着せは、暗い紺の丈長のワンピースに白のエプロン。本物の王宮侍女のお仕着せだから、仕立ても上等なものだ。
この二着だけでも、一般的な家庭のひと月分の収入以上の価値がある。これでも、近年の紡績技術の向上で安くなったほうなのだけど。
「…どっちを着ればいいのですか」
「どっちもよ。せっかく着回しできるのだから」
「順番に着ればいいのですか」
「着るだけでは駄目。ごっこ遊びと言ったでしょう」
「まさか…」
テレサの私を見る目は、もはや恐怖に近かった。
「お姫様ごっこを交代でしましょう。最初はテレサがお姫様ね」
私の言葉に、テレサは何かを諦めたようなため息をついた。
◇◇◇
着替えさせるところからやりたかったのに、強硬に抵抗されてそれぞれの部屋で着替えることになった。
いやなら着ないとまで言われたら仕方がない。
先に着替え終えた私は、居間の入り口に慎ましやかに立って待つ。
私が侍女の作法を知っているわけではないけれど、私の前で侍女がどのように振舞っていたのかは分かる。
テレサは、なかなか自分の部屋から出てこない。
初めてのドレスで勝手が分からず、時間がかかっているのでしょう。
だから、手伝うと言ったのに。
しばらくすると、テレサの部屋の扉が開く音がして、でも出てはこない。
扉の隙間から、顔だけ覗かせている。
廊下の端に立つ私に視線を送っているけど、知らないふりをしていると、やがておずおずと部屋から出てくる。
私はそれを、顔を向けずに目線だけで視界に入れて。
内心で言葉を失っていた。
え、私の恋人、お姫様すぎる。
ハイウエストのドレスは太って見えがちなのに、骨格から華奢なためかほっそりとして見え、ふわりと広がる裾が柔らかさも醸し出している。
襟首が閉じていて、飾りがないと薄い胸元を寂しく見せてしまいそうなのに、むしろ精緻な花柄の刺繡を品よく見せている。
生地の薄い袖から浮かぶ腕の線は細いのに、柔らかそうに見える。
艶やかな癖のない黒髪が純白のドレスに映えて、ローレタリアでは見たこともない異国の姫君だった。
はぁ、可憐すぎる。
やっぱり着替えもさせてもらって、化粧もすればよかった。
これで、素材を活かした薄化粧をしたら、傾国の美姫が出来上がってしまう。
でも、これは駄目。私以外には見せてはいけない。
絶対に外では着させられない。
テレサは恥ずかしそうに、私の前まで歩いてくる。
私は目を伏せて、軽く膝を曲げて出迎える。
「ソフィ、これ、変じゃないですか」
「とてもお似合いです、姫様」
「…本当にやるのですね」
だって、このお姫様にご奉仕できるなんて、楽しすぎる。
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