おまけ

なんでもない夜

 一緒の寝台に入ると、テレサは背中を向けてしまう。

 一緒に寝るのが嫌なのかと聞いたら、そうではないらしい。


 初恋を知ったテレサは、まるで小さな女の子のよう。

 夜の営みはまだ駄目らしい。口づけすらも、触れるだけ以上にはさせてくれない。

 深くしようとすると真っ赤になって睨んでくるのが、可愛いがすぎるので、それはそれで良いものだけれど。


 私はテレサの背中に胸を押し付けるように、ぴったりと寄り添う。


「あの、ソフィ」

「なぁに」

「お胸が当たっているので…」

「そうねぇ」


 無言で壁側に少し逃げられた。

 私はテレサのお腹に腕を回して、空いた距離を再びなくす。

 逃げられないように、少し覆い被さるように体重をかけて。


「ソフィっ」


 切羽詰まった声に、嗜虐心が刺激されて背筋がゾクゾクする。

 唇で黒髪を掻き分けて、うなじに唇を触れさせながら「どうしたの」と言うと、テレサの体が小さく跳ねる。

 下腹部を掌で押すようにして、それを抑え込む。


「やめてください。死んでしまいます」

「今までこれくらい普通だったじゃない」

「それは、こ、恋人になる前の話しです」


 恋人と言う言葉を恥ずかしがるテレサに、私も何だか恥ずかしくなってしまう。

 恥ずかしがるくせに、テレサはことあるごとに恋人を主張する。

 とても可愛い。


「ソフィは自分がどれだけ奇麗で魅力的か、もう少し自覚してください」


 テレサはこんなことをよく言うようになった。

 どうもあまり私を美化しすぎだと思うけれど、それを言うと呆れられるので、もう諦めた。

 愛しい人に奇麗だと言ってもらえるのだから、それでいいと思う。


「ふふ。テレサの方が可愛らしいわ」

「…なんだか、腹が立ってきました」


 からかい過ぎたのか、テレサが拗ねてしまった。


「よく考えたらわたし、あなたに手篭めにされたんですよね」

「何て人聞きの悪い言い方」

「だって…す、好きとか言ってくれる前に、手を出されたわけではないですか」


 それを言われると何も言い返せない。

 まったくもって、順番がおかしいことは自分でもよく分かっている。


「わたしの情緒がおかしくなったのって、そのせいもあると思うんです。体の関係ばっかり無理矢理進められて、気持ちが追いつかなかったから」


 意図的にやっていたと言ったら、どんな顔をするのかな。

 怒るのか、喜ぶのか、想像するだけで楽しい。テレサを悲しませたことは反省しているけれど、それはそれだと思う。


「…けだもの」


 その言葉に私は吹き出しそうになってしまった。

 なんて的確な表現。


「今さら、気が付いたの?」


 私は唇をつけていた首筋に、軽く歯を立てた。

 小さく漏れたテレサの声には、明らかに甘いものが混じっていた。


「私は欲しいと思ったら何をしても手に入れるし、誰にも譲らない」


 欲しいと思ったものなんて、貴女以外にはないけども。


「やはりわがままお姫様だったんですね」


 痛いくらいに、歯を立ててあげた。

 もうテレサは甘い吐息を隠せてもいない。

 少し痛いくらいは、もう気持ちいいとしか思えなくなっている。私がそう言う体にしたのだから。


「けだものに食べられてしまう子兎は、あまり生意気なことを言わない方がいいと思うけど」


 芝居がかって言うと、私をはねのけるように、テレサは上半身を起こす。

 そのまま、お腹に股がられた。


「そんなふうに煽っても、まだしませんから」

「まだ?」


 私は艶やかな黒髪を掬って、軽く口づける。

 流し目を送ると、テレサの頬がうっすらと染まるのが薄闇でも分かった。


「まだって、いつまで? 私はどれくらい待てばいいの」


 少し真面目な声で言うと、テレサの目が泳ぐ。

 させてあげないと、私が恋人ではなくなるとでも考えているのだろうか。


 テレサは勘違いをしている。

 私は、今のテレサに手を出すつもりは欠片もなかった。

 だって、初恋のテレサは今しか楽しめないのだから。私はあと百年くらいは、このテレサを愛でていたかった。この可愛らしい生き物を。

 そのためなら、情欲くらいはいくらでも我慢できる。


「テレサ、冗談だから。真面目に考えないでね」


 そろそろ、泣いてしまうかもと思い、私はテレサの腰を軽く叩く。

 しばらく身動きしなくなったテレサは、そのあとで私をばしばしと叩き始める。


「最近、ソフィは意地悪ばっかりです」

「前は私がテレサに弄ばれていたのにね」


 軽口を返すと、わりと本気で頬を抓られた。


「ソフィだけ余裕があって、不満です」

「そうねぇ…」


 以前のテレサなら、それこそそんな不満を正直に漏らしたりしなかった。

 私は手触りのいい、テレサの腰から太ももまでを手慰みに撫でながら言う。


「とりあえず、敬語をやめてみるのはどう?」

「え、無理です」

「少しは考えて?」

「言葉遣いを変えることに、何か意味があるのですか」


 頭の悪い会話をしながら、私の手を抑えようとするテレサの手と、それをかいくぐろうとする私の手が攻防を繰り広げる。

 結界を使えばいいのに、躍起になって自力で抵抗している。

 そう言えば、最近、テレサが法術を使うところを見ていない。

 たぶん、励起状態すら維持していない。

 法術の使い方を忘れているのではないだろうかと、少し心配になる。


「言葉遣いだけでも対等な立場だという、形から入るのも大事じゃない。というか、恋人なんだから敬語やめて?」

「恋人と関係あります?」

「距離を感じるでしょ」

「わたしは感じませんが」

「たしかに、体の距離はないわね」


 テレサの手をかいくぐった私の手が腰をわしづかみにすると、「ひゃん」という可愛らしい声が漏れた。

 自分の出した声が恥ずかしかったのか、私の上でテレサは小さく震えている。


「ほ、ほら、敬語って心の距離を感じるでしょ」


 誤魔化すように言った私を無視して、テレサはのそのそと私の上から下りる。

 そのまま、また私に背を向けて、横になってしまう。


 しまった。やり過ぎてしまっただろうか。

 私にとって気まずい沈黙が下りる。

 テレサが愛らしすぎて、ついいじめすぎてしまう。

 謝ろうとすると、テレサがくるりとこちらを向いた。 


「ソフィ」

「どうしたの?」


 テレサは顔を真っ赤にして、言った。


「好き、よ」


 言うだけ言って、また背中を向けてしまう。


 ああ、なんて可愛いのだろう。

 私は一生、この子に狂わせられている。

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