春を想う 3.5
部屋に戻った私は、そのまま足早に寝台に向かう。
乱れたシーツに、少し血が染みている。
構わずに身を投げ出すように枕に顔を沈めた。
微かに残っているテレサの匂いが、心臓を締め付ける。
途端にとどめ様もなく流れる涙と嗚咽を、絶対に漏らすわけにはいかない。
テレサに気付かせたりなんて、しない。
私は早まったのだろうか。
見誤ったのだろうか。
テレサに求められて、嬉しかった。
顔を隠したのは本当は、歓喜に溢れる表情を見られないため。
終わった後の私を見る目に宿る欲に、心が震えた。
初めて私に対する執着を見せてくれた。
あなたは私のずっと一緒にいるという言葉も約束も喜んでくれるけれど、どこかでいなくなってもそれは仕方がないと思っている。
何が何でも私をここに留まらせようとまでは思っていない。
私のことをどれだけ大切に想ってくれても、自分だけのものにしようとはしてくれない。
それが、変わろうとしている。
やっと、届いた。
私の想いを言えると思った。
そう、思ったのに。
とても大切な日になるはずだったのに。
なんでこうなってしまうのだろう。
何もかも投げ出して、テレサを救いもせずに、ただ自分の幸せを求めた罰なのだろうか。
こんなことなら、初めて何て自分で終わらせておけばよかった。
後生大事に、初めては好きな人になんて乙女のようなことを考えているから。
テレサを傷つけることになった。
一緒にいて、自分がいればテレサは大丈夫だと驕ったのか。
過去なんかよりも、私との今が勝ると馬鹿みたいに思い込んでいたのか。
一緒にいる以外に、何も出来なかったくせに。
それとも、テレサの倫理観の薄さを生来のものとでも思っていたのか。それでは、貴女を人として見なかった人たちと何が違うと言うのか。
後悔と自分への怒りと、そして悲しみ。
去り際に、あんなことを言うつもりではなかった。
もっと優しい言葉と態度で、慰めることだってできたはず。
でも、できなかった。
あれでも、抑えて、抑えて、それでも溢れてしまった言葉だった。
私だって傷ついたんだ。
初めての日に、こんなことになってしまって。
テレサに、何でよって言いたい気持ちが燻っている。
過去より私を見てよって。
私のことを求めてくれるなら、我慢してよって。
そんなことしたって、いまさらどうにもならないじゃないって。
そんな、自分勝手な言葉をぶつけてしまいたい気持ち。
でも、そんなことは絶対に言わない。
そんなに傷ついたなんて、絶対に悟らせない。
貴女のためなんかじゃない。
別れるきっかけなんて、作らせたりしない。
貴女に私を手放した方がいいなんて、思わせたりしない。
明日になったら、なんでもないふりをする。
欠片だって、この涙を悟らせるものか。
だから、この涙はいま流し尽くす。
今日は失敗したのかもしれないけど。
こんなことで諦めたりなんてしない。
出来ない。
貴女の過去も、傷も全て私が上書きする。
何年、何百年かかったって。
そのためにどうすればいいのか、それだけをただ考える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます