第4章

間章 3

 岩に腰掛けて、一つの毛布に二人でくるまり、長い夜の見張りの間、とりとめのない会話を交わす。

 交わす言葉が絶えて訪れた沈黙も、けして居心地悪いものではなく、穏やか気持ちでいられる。


 厚手の服越しでも伝わる柔らかな肌と熱。

 耳元をくすぐる吐息。


 いつの頃からだろう、貴女との距離がこんなに近くなってしまったのは。


 結界を敷いても尚、かじかむほどの寒さを凌ぐために自然とそうなったのか。

 何度も瀕死の重傷を負い、血を失って体温を維持できなくなった私に添い寝してくれているうちにそうなったのか。

 きっかけと言うほどのことはなく、ただいつの間にかそうなっていた。


 仲良くなんて、なる必要はないと思っていたのに。

 テレサという人のことが、気になってしまっている。

 この旅が終わった後、お友だちになってほしいと思ってしまうほどに。


 彼女が型にはまった聖女であったなら、そうは思わなかったでしょう。

 旅の間に分かったことは、テレサにとって聖女も王女も、ただの職業にしか過ぎないということ。

 靴屋や料理人と同じに聖女や王女を語るテレサであるなら、王女という肩書も、王家の落伍者であることも関係のない本当のお友だちになってくれるかもしれない。

 いえ、私のなかではすでにテレサはお友だちだ。


 だけれど、私には今までお友だちなんていなかったから、お友だちが勝手に名乗っていいものかどうかが分からない。

 それにテレサは何を考えているか分からないところがあるから、本当は私をどう思っているか不安がある。

 こんなに親しくしてくれているのだから、きっとお友だちだと思ってくれていると思うけれど。


 旅が終わった後のことを考えてしまうなんて、気が抜けているかもしれない。

 それはきっと、この旅の終わりが見えたから。


 顔を上げると、なだらかな丘の上に煌々とした月に照らされた神殿が佇んでいる。

 それが、この旅の終着点。

 魔王の本拠。


 不思議と神殿の近くの空気は澄んでいて、魔獣も近づいては来ない。

 そして、こんなに近くにいても、魔王が私たちを襲ってくる気配もない。それに関しては、ティティスも魔王が神殿の外に出ることはないと、保証している。


 今さらながら、魔王とは何なのかという疑念が浮かぶ。

 一千年前、隆盛を極めた魔術文明が滅びるまで、魔王は存在しなかったと言う。

 魔術文明が生み出した兵器だと言う説もあるけれど、諸説の一つでしかなく、その正体は謎に包まれている。

 魔王、聖剣、聖女そして魔女。

 全てが千年前に生まれている。そこに関係性がないと言うのは無理があるでしょう。

 だけれども、それは私が考えるべきことではない。


「もうすぐ、この旅も終わりですね」


 囁くような声も、肩を寄せ合う距離ならテレサに届く。


「そうですね」


 淡泊すぎる回答に、続きがあるかと待つけれど、テレサはそのまま黙ってしまう。


「…え、それだけですか」

「?他に何があるんですか」

「何か月もかかった旅の終わりですよ。感慨深いでしょう?」


 私の言葉に、テレサは少し考え込む。


「…よく考えたら」

「はい」

「帰路があるので、まだ旅は終わっていないのではありませんか」


 冷静な指摘に、思わず私は吹き出しそうになってしまい、こらえきれずに忍び笑いを漏らす。


 私とテレサは、かみ合わないことの方が多い。

 テレサは、私に意見を合わせようとはしない。私の王女と言う立場に配慮はしても、遠慮をしたりはしない。

 私はそれが不快ではないどころか、むしろ心地よく感じている。


 テレサは、祖王の血筋に生まれた私が、王女として完璧に振舞えるのは当然だとは思わない。

 王族だって、礼儀作法も、学識も、武芸も、それを習得するのに人並みの努力や苦労があったと当たり前のように思っている。

 ある意味ではとても不敬な人。

 だからこそ、テレサの前では私も完璧な王女であろうとして気を張る必要もない。


 それは、私にとって初めてのことで、抗い難い魅力をもっていた。

 この人にずっと傍にいてほしいと思ってしまうほどに。

 それは、執着で依存だと分かってはいるけれども。きっと、私の人生に二人とは現れない人。


 私の根底には、消えることのない罪悪感がある。

 魔力障害という王族としては致命的な欠陥を持って生まれ、聖剣を継承できなかったこと。

 本来、王族と呼ばれるには値しない私のせいで王家の威信に傷が付かないように、せめて振る舞いだけでも完璧でいなければならない。

 こんな私を愛してくれた父王には、心配はかけられない。

 アレクとは気の置けない関係ではあるけれど、即位し、妃を迎えれば、私的にも距離をおかなければいけなくなる。

 いずれ嫁ぐであろう結婚相手には、それこそローレタリア王女として恥ずかしいことはできない。

 それは、民に生かされている王族として当たり前のことだけれど、心が休まることはない。


 せめて、一人でいい。

 立場を忘れて接することのできるお友だちがほしかった。

 テレサと出会ってしまったことで、そんな自分の願望に気が付いてしまった。


 私はテレサにそっと体重を預ける。

 テレサはそれに抵抗するでもなく、応えてくれるわけでもなく、ただ静かに受け入れてくれる。


 この旅が終わったら言おう。

 お友だちになってください、と。

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