第19話
巨大な獣と戦うとき、私は基本的に身を隠さない。
最も恐ろしいのは、無差別な攻撃に巻き込まれることだから。
建物の倒壊など、とくに危険なので、なるべく開けた空間で戦う。だけれどそれは、獣の攻撃に常にその身をさらすということでもある。
戦い始めてから、すでに半刻も過ぎただろうか。
戦場に選んだ街の中央広場を囲む建物は、ことごとく倒壊、融解し、足元の石畳はいたるところがめくれあがっている。
私も、無傷でとはいかなかった。
宝具の防護を抜けていくつもの、爪による裂傷や擦過傷、火線の余波による火傷を負っている。
約束を守れなくて泣きそうな気分になるけれど、せめて生きて帰らないと、心配してくれたテレサに対して立つ瀬がない。
対して魔獣も、すでに満身創痍だ。
致命傷を与えることより、機動力を削ぐことを優先したため、私が与えた傷は脚周りに集中している。
とくに後ろ足の一本は半ば切断されている。
例えここで私が敗れても、あとは騎士団だけで討伐も可能だろう。
すでに私も、体力的にも魔力的にも限界が近い。
自分の命を考えなければ、このまま削りに徹するのが最善だ。魔獣を弱らせるほど、その後の対処をする騎士たちの被害を減らすことができる。
だけれど生きて帰るなら、魔獣を倒すための賭けに出なければならない。
私は広場を挟んで立つ魔獣を見据えて、剣を構えなおす。
大きく息を吸って、吐く。
私は、生きて帰る。
王族の務めを果たすために、この命を使うことに躊躇いはないけれど、テレサと二度と会えなくなるのは嫌だ。
私はまだ、テレサとお友だちになれていない。
魔獣を倒す。
それが第一種ともなると、単純に動物を殺すようにはいかない。
その体の大半は呪いの凝縮した呪体であり、例え両断されても時間をかければ修復してしまう。
完全に滅ぼすためには、身体のどこかにある呪いの核を破壊する必要がある。
だけれど、巨体な魔獣の核を戦闘中に見つけて破壊するのは困難だ。
だから、まずは首を落とす。
修復できるとは言え、その構造は生物と変わらない。脳を切り離してしまえば、身動きが取れなくなる。
ここまで、執拗に足を攻撃してきたから、魔獣の警戒は足元に向いている。
機会は一度だけ。
魔獣の隙をつけるのも、首を落とすだけの光の刃を生み出せるのも。
呼吸を深くして、内魔力を高める。
騎士の強さとは、主に身体能力、武芸、内魔力の強さで決まる。
私は身体能力的には騎士を名乗るほどには鍛えられていないし、武芸も何とか近衛騎士の末席にならひっかかる程度。
だけど、内魔力による身体強化には少し自信がある。
これには段階があって、まずは内魔力で単純に骨格、筋肉、神経を強化する。内魔力の強さがそのまま強化率に影響するけれど、元の身体能力が低いとあまり意味がない。
更に高度に熟達すると、自分の内側に魔力の同位体「
内魔力操作を極めた達人の領域。
羽衣による内魔力運用の効率化の加護を受けたときだけだけれど、私はこの領域に入ることができる。
ひどく集中力を要するため、この戦いの中では一度も使っていない。
使えば神経が消耗して、まともに戦えなくなる。
この一瞬で、全てを出し切る。
「
私を縛る凡ゆるくびきから解き放たれ、同時に世界から孤立する、この解放感と虚無感。
内魔力しかない私自身を煮詰めたようなこの感覚を、私は好きになれない。
交錯する、私と魔獣の視線。
魔獣も何かを感じ取ったのか、伏せるように身構える。
影をも踏ませぬ速度で、私は踏み込む。
魔獣は、おそらくただ本能の反射だけで、前足を繰り出してくる。
大剣にも等しいかぎ爪をかいくぐると、目の前には魔獣の開いた口先に宿った赤い光。
火線ならかわせる!
そう判断した瞬間、赤い光がその場で爆ぜた。
まき散らされる爆炎を、私は最小の聖盾を展開して、突っ切った。
おそらくひどい火傷を負ったけれども、痛みは麻痺している。
火の海を突っ切った先に、爆炎を利用して飛び退き、宙空にある魔獣の姿。
更に踏み込みながら、私は光の刃を最大展開して、真横に一閃した。
魔獣の首が宙を舞い、重い音をたてて巨体が地面に落ちる。
それを見ながら、私は膝に力が入らなくて踏みとどまれず、勢いのまま地面を転がる。
体に力が入らない。
魔力をほとんど使いきって、割れるような頭痛がする。
今更のように、全身が激痛を訴えてくる。
でも、まだ終われない。
核を、壊さないと。
荒い息をつきながら、上半身だけを起こして魔獣を確認する。
転がった魔獣の首が、こちらを向いていた。
その目が、動いた。
私を見ては、いない。
その目が向く先、首だけを巡らせて後ろを見る。
小さな子どもが、倒壊した建物の陰から出てきていた。
視界の端に、この半刻で何度も見た赤い光が映った。
今までとは比べものにならない小さな光だが、子ども一人くらい簡単に命を奪う死の光。
子どもの所まで助けに行くには、遠すぎる。
迷っている時間は、ない。
私は咄嗟に、残ったわずかな魔力で聖盾を発動させた左腕を射線上に差し出した。
直後に放たれた細い火線は、光の盾を抜き、私の左腕を焼き切り、勢いを弱めて逸れて、子どもには届かずに地に落ちた。
ああ、よかった。
でも、これはテレサに怒られそう。
私は泣きそうな気分で、意識を失った。
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