第11話
「テレサ、明日、時間を空けました!」
その日、部屋に戻った途端に私は大きな声を出してしまった。
テレサが部屋に来てから、もう七日になる。
孤児院に行った日から、アレクの部屋で執務を遅くまで片付けていたおかげで、寝不足だけれど、ようやく一日空きを作れた。
その間、部屋に戻ってもテレサはすでに寝ていて全然かまってもらえていない。
「はあ」
いつものように、寝台で書物を読んでいたテレサが顔を上げて、気のない返事をする。
「何の話ですか?」
「約束!忘れたんですか」
テレサは少し考え込むように首を傾げてから、ようやく思い出したよう。
「ああ、宮殿の散歩ですか」
「はい、案内しますから」
「そうですか」
すごく興味なさそう。
もともと暇つぶしだと言っていたから、そこまでの関心がないのは仕方ないけれども。
私はテレサとのお散歩をすごく楽しみにしているのに、テレサがそうではないのが悲しい。
横座りした膝に乗せた書物に目を戻すテレサ。
伏し目がちに書物を読むテレサは、どこか物憂げで儚い。
抱きしめたい、触れたいという衝動が、強く湧く。一緒にお風呂に入ったあの日から、私はテレサに触れていない。
私は寝台に上がると、テレサの背中に寄りかかる。
するりと、テレサが身体を躱して、支えを失った私はシーツに手をついた。
「え」
私は驚いて、テレサの顔を見る。
テレサはこちらを見ようともしない。
「どうして」
「嫌うならちゃんと嫌えと言ったのは、姫さまですよ」
そうだけど。
それは、嫌わないでほしい、嫌うならちゃんと私のことを知ってからにしてほしいという意味であって、私を避けろという意味ではない。
私は下唇をかんで、テレサを睨みつける。
絶対、分かっていて意地悪している。
私は枕の端を掴むと、軽く振り回してテレサの腰に当てた。
「姫さま、痛いです」
「約束、破っていませんよね」
「約束?宮殿からは出ていませんよ」
「そっちじゃなくて。一人で散歩していませんか」
嘘。
本当はテレサの言った方の約束を覚えているか、確認したかっただけ。
テレサの様子は、この部屋の掃除をしている侍女に報告させている。だから、テレサが食事以外でこの部屋を出ていないことは分かっている。
だって、お散歩の約束だって忘れていたのですから、私との約束なんてどうでもいいと思っているかもしれないじゃない。
「していません。ずっとここにいます」
その言葉を過去ではなく、未来に向けて言ってほしい。
ずっと、ここにいて。
私はテレサの肌着をそっとつかむ。
触れ合いたいのに、貴女は気づかないふりをする。
乱暴に、つかんだ肌着を引っ張る。
倒れ込んできたテレサを抱き留めて、後ろからお腹に腕を回す。
腰、細い。
私の胸にテレサの背中が触れて、早鐘のような心臓の音が聞こえてしまわないか不安になる。
「姫さま」
咎めるようなテレサの声。
わがままなのは分かっている。でも、私はテレサに拒絶されたいのではなくて、拒絶しないなら嫌いと言ってほしくないだけなの。
本当に拒絶されたなら、触れるのを控えるけれど、テレサだって本気で嫌がったりしないじゃない。
私は無言で、テレサを抱きしめる手をぎゅっと強める。
薄い肌着を通して伝わる、柔らかな感触に、違和感を覚える。
肌着と肌の間に、あるべきものが感じられない。
「あの、テレサ、下着つけていないのでは?」
「え、あ、はい。旅の間に使っていたものは襤褸になってしまったので、いいかなと」
「いいわけがありません。何言っているの?」
私の声に本気の怒りを感じたのか、テレサが黙る。
湯浴みしたときは、着替えとかなるべく見ないようにしていたので気が付かなかった。
「え、食堂に行くときとかどうしていたんですか」
「修道服は黒で透けたりしませんし」
あまりのことに目眩がしてきた。
小さめとは言っても、ないと言うほどではないのだから、形も崩れてしまうし、何より淑女のマナーとしてない。
テレサのこの女子としての無頓着さは何なのだろう。
生まれの違いによる価値観の相違かもしれないけど、それにしてもと思う。
「下は?」
「…」
無言はやめなさい。
いっそめくってたしかめたくなってしまったけれど、それをすると私の方が頭のおかしい人になってしまうので堪える。
「明日、用意させますから、ちゃんと着けてください。テレサ、修道服はどうしたのです?」
てっきり、クローゼットの私の服を使っているものだと思っていた。
「ティティスが旅で着ていたものを、持ってきてくれました。姫さまの服はその、ドレスばかりで着るのが憚られたので」
あの時の背嚢に入っていたのか、それとも、また勝手に私に黙ってテレサに会いに来ていたのか。
私の知らないところでテレサがティティスと会っていたと思うと、すごく嫌な気分になる。
私の服は着てくれないのに、ティティスが持ってきた服は着るなんて、私よりもテレサを理解していると言われているようで苛立つ。
「ですが、あの修道服はけっこう傷んでいるでしょう?修道服がよろしければ、用意させます」
旅の間に着ていた霊銀糸を織り込んだ修道服は強靭だけれど、長い旅と度重なる戦闘で、裾などはけっこうほつれていたはず。
それでテレサが悪く言われるのも嫌だし、私以外が用意した服を着ているのも不愉快。
「わざわざ、そんなことしなくても」
「聖女様なのですから、身綺麗にしておかないと」
私はテレサの首筋に頬をすりすりとこすりつける。
はぁ。肌がすべすべで柔らかで温かで、心安らぐのにどきどきする。
どうしよう。寝不足なのに、ぜんぜん眠れる気がしない。
「姫さま。毎日遅いのですから、もう寝ましょう」
「はい。でも、もう少し、こうさせてください」
ふと、部屋の灯りが落ちる。
魔導灯を消したテレサの身体から力が抜け、私に体重を預けてくる。
私はテレサを抱きしめたまま、そっと体を横に倒した。
暗闇に視界が塞がれ、鋭敏になった感覚が、ただテレサの肢体の柔らかさを伝えてくる。
掌が触れる下腹部の感触があまりにも心地よくて、撫でたくなってしまう。
直接、肌に触れたい、と思ってしまう。
さすがに、服の中に手を入れるのは駄目でしょう。それくらいの理性と倫理観は、私にも残っていた。
その衝動の代わりのように、抱きしめる力を強めて、体を密着させる。
テレサの体が私に与える、衝動と甘やかな心地よさ。
眠れない夜に、なりそうだった。
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