第2話
パレードは宮殿に向けてゆっくりと進む。
大通りには王都中の人々が集まり、馬車の上の私たちに歓声を送っている。
儀典用に外装を取り払った二人乗りの馬車に、私たちは二人ずつ分かれて乗っていた。王族に対する暗殺などの標的を一か所にまとめないため、アレクと私は別々。
当然、ティティスかテレサ、どちらかと乗ることになる。
ティティスは世界に九人しかいない、「魔女」と呼ばれる本来は世俗に関わることはない存在だ。アレクとの特別な契約で協力していて、契約者であるアレクの傍を離れることはない。
つまり、私とテレサが一緒に乗ることになるのは分かりきっていた。
テレサとお友だちになることを諦めないと決めたものの、それで気まずさが消えるわけではない。
訓練された王女としての笑みを浮かべて観衆に手を振りながら、少し動くたびに肩が触れる距離で隣に座るテレサの存在に、内心で私は変な汗が出そうになるくらい緊張していた。
香水をつけているわけでもないのに、微かに甘いテレサの匂いが鼻腔をくすぐる。
でも、これは二人で話す絶好の機会。
このままだと、これから二人だけで話す機会なんてそうそう作れなくなるだろう。
馬車の中は二人きりだし、御者は曳航する馬の上で、観衆の声に消されて声は馬車の外まで漏れない。
ちらりと視線を横に向けると、慈愛に満ちた微笑を観衆に向けるテレサの横顔。
あ、これは作った顔だな、と分かった。
美しい青で染められ、金糸で精緻な刺繍の施された聖女の正装も、最上級の絹で織られた白のベールも、似合ってはいるけれど、彼女本来の美しさを引き出すものではないように思えた。
「ねえ、テレサ」
私は観衆に振る手を止めないまま、テレサに声をかける。
「私、諦めませんから」
一瞬、彼女の目がこちらに向いたのが分かった。
きっと、煩わしそうな目をしているだろう。でも、王族の言葉を無視する面倒さと秤にかけて答えてくれるはず。
この際、使えるものは何でも使おう。
私は割と必死なのだ。
「なんのことでしょうか」
「私のお友だちになってもらうことです」
「それはお断りしたはずです」
「私が嫌いだからですか。それは、私が王族だからですか?」
「…そうです」
その不自然な間が生まれた理由が知りたい。
でも、きっと今はまだ答えてはくれない。
「納得できませんので、諦められません」
「姫さまの納得は関係ないのではありませんか」
ちょっと呆れたような言い方が、素の彼女のように思えて私は少し楽しくなった。
「関係ないかもしれませんが、諦めません。諦めさせたければ、私が納得するようにしてください」
自分でもなかなか無茶苦茶なことを言っていると思う。
「別に姫さまに納得していただく必要はありません」
「あら。それはどういうことでしょう」
「わたしは神殿に戻るだけですから、どう思われようと関係ありません」
「それですと、私は毎日、貴女に宮殿への招待のお手紙をしたためなければいけませんね」
「…何ですって?」
「王族からの手紙を、聖女が無視し続けると、周りから余計な詮索を受けるかもしれません」
権力を笠に着た、これはきっと彼女が一番嫌いなやり方だろう。
王家に生まれたものに自由はない、国家という組織の一部たるべしと教育を受けた私にとっても、胸が軋むような罪悪感を覚える。
本当に実行したら、父王やアレクからお咎めを受けると思うので、口だけだけれど。
それでも個人的な感情を優先するほど、私は彼女に執着している。
「…脅しですか」
「そのように聞こえましたか。私は事実を申し上げただけですが」
テレサは沈黙を返してきた。
うう、空気が重い。
何とか関係性を絶たれないためには仕方ないけれど、目的のお友だちからはどんどん遠ざかっている気がする。
「…どうしてですか」
沈黙を破ったのはテレサからだった。
「どうしてそこまでわたしにこだわるのですか」
「私の誘いをお断りになるなんて、許せませんので」
こういう言い方をすれば、面倒くさい王族に絡まれたと、テレサも諦めてくれるかもしれない。
「嘘です」
しかし、彼女は私の嘘を一言で切って捨てた。
「先ほどの脅しも、今の理由も嘘です。姫さまがそんなことをしない人であることくらい、わたしは知っています」
その言い方はずるい。
お友だちにはなってくれないくせに、私のことを認めてくれているような言い方をする。
そして、彼女が私のことを理解してくれているだけで嬉しくなってしまう私は簡単な女だ。
でも、これでテレサを繋ぎとめる手段はなくなってしまった。
私の方から神殿に会いに行ったら、かまってくれるだろうか。
「誤魔化されたのは、何か口に出来ないような理由があるのですか」
会話を続けてくれたのは意外だけれども、テレサの口調に明らかな険が混じった。
いけない、どんどん印象が悪くなってしまう。
「理由は、先日申し上げた通りです。私の立場では対等のお友だちを作るのは難しいのです。今まで一人もいませんでした」
あえてもう一度、テレサの気に触ったのだろう対等という言葉を使う。
テレサも気が付いたようだけれど、ため息を一つ漏らしただけで感情を揺らすことはない。
「聖女などと言われていますが、わたしは孤児です。親の顔も知りません。姫さまとは対等どころか、もっともかけ離れたものです」
テレサの生い立ちは、聖女としてのお披露目すらされていないため公表されておらず、初めて聞いた。
品のある立ち居振る舞いから、貴族ではないにしても上流の生まれだと思っていたため、意外に感じた。
「そう、なのですね」
「意外ですか?」
「所作が綺麗なので。貴族の庶子とか、そういう事情があって、それで王侯貴族を嫌っているのかな、などと勝手に想像していました」
「そんな物語のような特別な生まれではありません。その日の食べ物にも事欠くような貧しい孤児院で育ちました」
テレサが小さくため息をついたのが分かった。
「お分かりになりますか?わたしのような生まれのものが、例え聖女であっても、姫さまの近くにいることは、あなたが許しても周りのものが認めないということが」
「そんなことはありません」
私ははっきりと否定した。
「生まれがどうでも、自国の聖女を誇りに思えないものなどおりません」
むしろ利に敏い家から、テレサに求婚が殺到するのではないだろうか。
魔力の高さは貴族として重要な素養の一つで、心魔力の極めて高い聖女を迎えることは家格を高める。直接的な利益としても、正教会とのパイプは大きい。
「建前としてはそうでしょう。ですが、内心としては面白く思わない人が多いはずです」
たしかに政治的利用価値とは別に、心情的に生まれが卑しいものが王家に近づくことを忌避する貴族は一定数いるでしょう。
生まれが卑しい、などという考え方がこの国の貴族としては適性に欠くと気が付きもせずに。
「ですから、そのようなものに気を遣う必要はないと申し上げています」
「わたしが煩わしいというのがお分かりになりませんか」
外野が、という意味なのは分かるけど、自分の存在が煩わしいと言われたようで、地味に傷ついた。
いや、正しく私も含めてという意味なのかもしれない。
そんな人間は黙らせる、と言うのは簡単だし、事実私はそうするでしょう。
でも、そんなことに意味はない。
テレサの中で、私の価値がその煩わしさよりも下なのだ。
返す言葉が見つからない私に、今度はテレサも会話を続けることはなかった。
馬車は大通りを抜け、城門が近づき、パレードは終わりを迎えようとしていた。
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