社会人2年目の私は桜の下で猫と出会う

睦 ようじ

社会人2年目の私は桜の下で猫と出会う

  春、4月。社会人2年目になった私は疲れ果てていた。

 よくマスコミで出てくる憧れの職業と言われる企業に入ったものの、中身は大違い。 実力主義と効率主義、権威主義のキングオブブラック企業だった。

「もうやめたいー!田舎に帰りたいー!!」

 と言いながら、深夜12時に泣きながら帰っている。 シンデレラと同じ時間に帰っているが、後で王子様が来る予定は無い。


 ふと、上を見ると、夜桜が舞っている。

 でも、あまり楽しむ気にはなれなかった。綺麗きれいなのだろうけど、私には何も感じ取れなかった。昔は何か心がざわめいたものがあったのだけど……

 ふと、足元で小さな鳴き声がする猫だ。

 痩せ細ってはいるが、私をにらんでる気がした。何かあったのだろうかと思いかがもうとすると、強烈なまぶしさが目に入った。

 トラックがこちらに向かっている。

 私は慌てて横に避けるが猫は構わず、トラックの前へと向かって行っている。

「危ない!」


 私は慌てて走って、猫を小脇に持ち上げると、そのまま走って対面側へ転げるように走った。トラックはクラクション一つ鳴らさず走り去っていく。

「あ、危なかった……」

 こんなに動いたのは久々かもしれない。心臓のはねる音が酷く、息が苦しい。

 ふと懐に抱えた猫は、私の首をでてきた。

 これは、私を慰めてくれてるのだろうか?

 そう思うことにして、私もでかえす。

「お前も何があったかは知らないけど、命は大事にしなよ」

 猫に分かるかは別として、ででいると、猫は小さく鳴いて闇の中へ消えた。

 軽く手を振ると、どうしてもお腹がすいてきた。

 こんな時でも食欲があるのは救いなのかもしれない。


 とはいっても、もう遅い。コンビニエンスストアのご飯ではちょっと物足りないのでいつものピザを頼む事にしよう。

 スマートフォンを立ち上げ、ピザ屋のデリバリーアプリをつける。

 おや?初めてみた男性キャラだ。いつもなら、ギャルっぽい女性店員なのに。

 何か乙女ゲームに出てくるキャラみたいでカッコいいなぁ……

 ふと、陶酔とうすいにひたっていると低くハスキーな声で、

『注文は何にするかい?』

 と、問いかけてきた。

 うわ、イケボだ。思わず私は、

「おすすめ!」

 と、叫んだ。

『オーケー!それじゃレディ、コイツはどうかな?』

 と、最大の大きさとあらゆるトッピングが出てきたので、迷わずタップした。

『サンキュー!注文受け付けたぜ!後は家で待っててくれ!!』

 と、注文受け付けを見たので私は少し小走りで帰った。

 家にピザが待っていると思うと少し楽しみだ。


 □◆□


 マンションについた後、もう面倒くさいので風呂に入って化粧も一気に落とした。

 バスタブの中で腹立つ上司やセクハラめいた事を言ってくる同僚や後輩の愚痴をつぶやく。ちょっと気持ちがすっきりしたので、後は誰が来てもいいように、部屋の片付けと寝間着兼普段着を着てピザを待つ。

「まだかな……」

 こういう時は、時間が長い。

 仕方がないので、ネットテレビのドラマを見ながら待つことにした。ある人物の、言動に何となく上司が浮かんでイラッとした際に、インターホンが鳴った。

 来ました!来ました!

 インターフォンに出て、マイクをつけると低い声が聞こえる。

『お待たせいたしました、ピザ屋です』

 カメラを見ると、いつもの大学生くらいのお兄さんではなく、細い白髪のおじさんだった。あまり、スタッフが変わる事が無いのに珍しい。

 念のためスタッフ証を見せてもらい、ロックを開ける。

 おじさんは小さく頭を下げるとピザを差し出す。いい匂いが漂ってきた。

 おじさんには悪いけど、早く帰ってもらって食べる事にしよう

「金額いくらですか?」

「14,850円です」

 ……しまった、やりすぎたかもしれない。

 夏の新服やバックが買えなくなるかもだ。

 でも、仕方ない!

 今は食べるのが先だ!!

「ど、どうぞ……」

 代金を渡すと、おじさんは代金を数えてバッグに入れた。

 そして、バッグから小箱を出してきた。

「こちらは特典となっております。

 ピザが重いと思いますので、こちらに置いておきます」

 と、玄関に置いて一礼して去って行った。


 □◆□


 おじさんが帰った後、ピザの箱を開ける。

登り立つ湯気とチーズのいい匂いが鼻をくすぐる。そこには特大サイズのピザが置かれていた……我ながら、いっぱい頼んだな。

 最大サイズにありとあらゆる、トッピングが乗っている。こんな大きなピザは、卒業旅行にイタリアにいった時以来かなぁ。

 では、いただきます。

 ピザにかぶりつく。



「美味しいぃぃぃぃぃぃぃ!」


 チーズが!サラミが!アンチョビが!バジルが!色んなフルーツが!

 私のストレスを解消してくれる!

 手が汚くなろうと構うもんか!

 今の私は、ただのピザを食うマシーンだ!!

 熱い!美味い!それだけで癒やされる!!


「ピザ最高ォォォォ!!」


 □◆□


「ごちそうさまでしたっ!」

 思いっきり両手を叩き合わせて叫んだ。

 夜中だろうけど、もう構いはしない。

 明日、上司にどんな仕事を振られようがなにしようがやれる気がしてきた。


 一服するために冷蔵庫の中から買い置きしていた炭酸水を飲んでいると、おじさんからもらった小箱が目に入った。

 中身は何かと思い、開けてみると小瓶に小さな種と手紙があった。

 何だろう?


『あの時、トラックから助けていただいた猫です。

 実はこの世をはかなみ、死のうと思いました。

 ですが、貴女に助けていただき、これも天命かと思い生きてみようと思います。

 猫も人も生き辛い世の中ですがご飯を食べてください。少し気分が変わります。

 この種は御礼です。

 この種は精力がつきますが、食べ過ぎると酔いますのでご注意くださいませ。

 それでは、お元気で。


 追伸;いただいたお金はちゃんとお店に届けておきます』


 ……ね、猫も大変なんだな。

 でも、自分のペースで生きて欲しいなぁ。

 さて、この種。形は小学校時代に植えた植物のようだ。

 とりあえず一口食べてみよう。

 うん、ちょっと甘い。干しぶどうのような味がするなぁ、それと何か力が出てきた気がする。

 もう一つ食べてみる。

 お、何か体が温かくなってきたぞ、これはいいな。

 もう一気にいこう。手にして口にほおばり、炭酸水で流し込む。

 おおお!!何かパワーが湧いてきた!!

 明日私はやれるのだ、ヤッホー!

 さぁ、頑張ってお仕事するぞー!!

 お休みィ!!!


 □◆□



 ……次の日、私の仕事の記憶はない。

 同期の話によると無茶振りをする上司を論破し、生意気を言う後輩たちには私の生まれの方言で何言ってるか分からないほどに叫び倒し、半年分の仕事をこなした後、

 業務改善のための稟議書や予算書を作成し、社長に説教まがいのプレゼンテーションをしていたそうだ。

 あまりの暴走ぶりに会社全体が危機感をもったようで、


 ・仕事持ち帰り禁止のノー残業デー

 ・営業のノルマ達成や新規顧客獲得以外の貢献によるボーナス

 ・事務のキャリアップ制度や貢献査定の見直し

 ・心身の健康のため積極的な休職と給与保証

 ・キャリアアップに関わらない、男女共用育休制度

 ・契約、派遣社員の契約見直しや希望による直接雇用


 ……と、あっという間にワークライフバランスが取れる、ホワイト企業と化してしまった。


 そして、私は健康状態悪化の暴走という事で半年の強制休暇命令が出た。

 勿論、給与保証はされている。

 どうしようかと思いながら、猫のように暮らすのも悪くないと思い、気ままに、旅行をしようかと思っている。実家の田舎に立ち寄るのも悪くない。


 出発の日、あの猫が見送りにきた。

 何か少し太くなり、目も丸くなった気がする。

「行ってきまーす」

 そう猫に言うと、長く呑気のんきな鳴き声が返ってきた。

猫に手を振ると、私は少し遅めの長い春休みを取る事になった。

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社会人2年目の私は桜の下で猫と出会う 睦 ようじ @oguna108

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