第53話
アンジュの目に希望の火が灯る。部屋に響く声は確かに、マリカのものだった。
「マリカァ! 何をした!」
科学者が目を釣り上げて、天井を見上げたまま話す。
「何って、コンピューターを乗っ取ったのよ! ちょっと扱うデータが膨大すぎて慣れるまでに時間がかかるかもだけど!」
「セキュリティが何重にもかかっていたはずだ! 私以外に解除できる者はいないはずだ!」
「その科学者様の頭脳をコピーして、そこからさらに進化したあたしにとっては、ちょちょいのちょいだったってわけよ!」
「ふざけるな! 私に感づかれずにアクセス権を奪うなんてできるはずがない!」
「何言ってんの、時間は十分にあったわよ。ヘリコプターであたしをケーブルに繋いだでしょ。そのときからもう乗っ取りは始まっていたのよ! まさか乗っ取られるなんて思っていない科学者様は気づかなかったでしょうけどね!」
「ちっ、あのときか!」
科学者は動きを止めた。どうやら、メインコンピューターにアクセスして、マリカから権限を奪い返すつもりのようだった。
――もしかして、今なら科学者をしとめられる?
アンジュはそう思ったが、右肘から先はもうない。何もできずに、ただ様子を見ていることしかできなかった。そんなとき、アンジュの頭の中にマリカの声が響いたのだった。
――アンジュ! もう少し待っててね、科学者のデータを消去すればあたしたちの勝ちよ!
――マリカ! 本当にマリカなのね……よかった、無事で! あのね……
――おおっと! アンジュ、話は後でね。科学者がアクセス権を奪い返しに来たわ!
科学者は相変わらず天井を見たまま動かない。データ上の争いというのは、目に見えないものであり、今何が行われているのか、アンジュには見当もつかなかった。
しばらくして、科学者が動き、悪態を吐く。
「くそっ! セキュリティが以前より強固になってやがる! だが、天才科学者の私にかかればこんなもの……」
科学者は自分の目の前にキーボードを模したディスプレイを表示させ、それをカタカタと打ち始めた。しかし。
「ERROR! アクセス権がありません」
「ERROR! アクセス権がありません」
「ERROR! アクセス権がありません」
「ERROR! アクセス権がありません」
部屋中にマリカの声でエラーメッセージが繰り返される。
「くそくそくそクソ!」
科学者は怒り狂い、ディスプレイを殴りつけた。空間上に生成されたそれはもちろん本物ではない。ぐにゃりと空間がねじ曲がり、静かに消えた。
そのとき、科学者の視線の延長上にいたアンジュは、科学者と偶然にも目があってしまった。科学者はニヤリと笑うと、小走りでアンジュに近づき、彼女の首に手を伸ばした。突然のことにアンジュは逃げることすらできなかった。
「マリカ! アクセス権を返せ! でないとこいつを破壊してやる!」
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