第51話

 ――私は……私はどうすればいいの?


 戸惑うアンジュに対して、小さな女の子の姿をした科学者が言う。

「早くその右腕を下ろしなさい!」


 そのときだった。



「アンジュ! いいから早くロケットパンチを撃つのよ!」



 科学者が抱えていたくまのぬいぐるみが動き出し、突然声を出したのだ。それは小さな女の子が発する声と同じ――マリカのものだった。


 アンジュは目を見開いた。今の今まで、ただのぬいぐるみだったのに――。


 すると、科学者は慌てて、抱えていたくまのぬいぐるみの口を抑えた。くまのぬいぐるみはじたばたと暴れてまだ何かを言いたげだったが、その様子を見て、アンジュは悟った。



 ――あのぬいぐるみは間違いなくマリカだ!



「あたしをロケットパンチで破壊しても無駄よ! データのバックアップがあるからすぐに他の体に乗り移ることができるんだから!」


 全く同じ声で喋るので、どっちが話しているのか分からなくなりそうだったが、アンジュにはわかった。三年間も一緒に過ごしてきたのだ。口調、ちょっとした間、そこに流れる空気感。冷静になってみると、科学者が真似ているマリカの声は全く別物だということに気づいたのだった。


 暴れに暴れたくまのぬいぐるみが科学者の手から逃れ、床にぼとりと落ちた。



「アンジュ、早く!」



「!」

 床の上から叫んだマリカの声に、アンジュは素早くロケットパンチを発射した。



 シュン!

 風切音とともに、ロケットパンチが空気を切り裂いた。

 

 次の瞬間には、小さな女の子の姿をした科学者の腹部に大きな穴が開いていた。穴からは何本ものケーブルが見え、それがバチバチと火花を散らす。


「あ……あ……」


 科学者は自分の腹部に開いた穴を見つめたまま、そのまま前のめりに倒れて動かなくなった。


 あまりにもあっけない幕切れに、アンジュは力が抜けかけたが、すぐに立ち上がり、倒れた科学者の近くに落ちているマリカの元へ走った。


「マリカ!」


 アンジュがそう言って、くまのぬいぐるみを抱きかかえるが反応はなかった。まるでさっき喋っていたこと幻であったかのように。科学者が少女の姿に変化したときに持っていたものと全く同じ、ごくふつうのぬいぐるみのままだった。


「……うそ、うそよ……お願いマリカ……何か返事をしてよ……」


 アンジュが涙を流して、クマのぬいぐるみを胸に押し付ける。涙が頬を伝って、ぬいぐるみの顔に落ちる。しかし、ぬいぐるみはぬいぐるみ。表情も一切変わることなく、動き出すこともしなかった。


「前言撤回。劣化コピーのマリカが作るアンドロイドなんて所詮こんなもの。感情も制御できない欠陥品だわ!」

「前言撤回。劣化コピーのマリカが作るアンドロイドなんて所詮こんなもの。感情も制御できない欠陥品だわ!」

「前言撤回。劣化コピーのマリカが作るアンドロイドなんて所詮こんなもの。感情も制御できない欠陥品だわ!」

「前言撤回。劣化コピーのマリカが作るアンドロイドなんて所詮こんなもの。感情も制御できない欠陥品だわ!」


 科学者の声が何重にも部屋中に響き渡り、アンジュが顔を上げた。すると、壁に整列していた少女の姿をしたアンドロイドが一斉に言葉を発して動き出し、アンジュに迫ろうとしていたのだった。

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