第50話

 アンジュは、少女の姿をしてマリカの声で語りかける科学者の言葉が理解できなかった。


 ――私が、アンド……ロ……イド?


「あれ、これも伝えてなかったっけ? ごめんね、てっきり知っているものかと思ってた」


 ――やめて……マリカの声で私に話しかけないで……


「アンジュはビリーに腕を切られて、血を流しすぎて死んじゃったの。それをあたしが――」



「やめて!」



 アンジュは膝をついたまま叫ぶと、少女の姿をした科学者に向けて右手を伸ばした。いつでもロケットパンチを発射できるように準備をして。「おおっと!」と、科学者は両手を挙げて数歩後ずさり、降参のポーズをしてみせた。


「そのロケットパンチ強烈だもんね、あたしが作ってあげたんだからわかるよ! でもあたしに向けて撃てるの? そんなの撃ったら、マリカ死んじゃうぅ!」


「あなたはマリカじゃない! 早くマリカを元に戻して!」

 科学者を睨みつけながら、思わずアンジュの目から涙がこぼれ落ちた。


「あら、アンドロイドなのに感情をあらわにして、涙を流す機能までついているだなんて……マリカってば、なかなか高性能のアンドロイドを作るじゃない!」


 科学者が両手を上げたまま、感心した様子でアンジュの顔を見る。どういう仕組みでアンドロイドから涙が出るようにしているんだろう……と、興味津津だった。


 そして、「マリカを元に戻して……だったわね。いいわ、貴重なデータも得られたから、元に戻してあげる。記憶を綺麗に最適化デフラグした、初期状態のマリカにね!」

 

 パチン! と科学者が指を鳴らすと、真っ平らだった部屋の側壁に、クマのぬいぐるみを抱いた女の子が何十人も現れた。全員きれいに整列をして、同じ姿勢を保っている。いや、保っているのではなく、全員同じポーズをしたアンドロイドなのだ。


「どのくまちゃんにしてあげようか? こっちがいいかな? それともこっち?」


 全員姿形が同じくまのぬいぐるみであることはわかっているのに、わざと科学者はくまのぬいぐるみを数体抱いて感触を確かめながら、アンジュに尋ねた。



 アンジュは相変わらずロケットパンチを向けて、科学者の方をじっと睨みつけている。自分の思い通りにならないアンジュに、科学者は少しだけ苛立った。



 ――さっきから、何度もアンジュの電子回路をハッキングしようとしているけど……マリカのやつめ、アンジュの回路に何重にもプロテクトをかけているわね……。これは少し時間がかかるかもしれないわ。



「っていうかさぁ、その物騒な右腕を早くおろしなさいよ! あたしが壊れたら、マリカは本当に元に戻らないわよ!」


「……くっ」


 アンジュがここへきた目的は、あくまでもマリカを元に戻すため。しかし、マリカは科学者の頭脳をコピーしてぬいぐるみに移植した存在だった。



 ――一体、どうすることがマリカにとって最善なのだろうか。

 マリカが、クマのぬいぐるみとしてもう一度動き出す?

 マリカが、目の前にいる少女の姿で動き出す?

 それとも……。

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