第49話

「マリカが人間に戻るために旅をしている……それもマリカから聞いた言葉かしら?」

 科学者の言葉に、アンジュがコクリとうなづいた。


「『少女だった自分の頭脳を科学者がぬいぐるみに転送した』でしたっけ。そのマリカの言葉がどこまで本当なのか……考えたことはある?」


 ――本当なのか? マリカ自身がそう言っているんだから本当に決まっている。何をそんなおかしなことを……


「頭脳をデータとして保存することができるのなら、そのデータも改竄かいざんできると思わない? 一部分をちょっと書き換えれば……」



 科学者の姿が、パンツスーツの女性から、背丈が半分くらいの姿に変わる。そしてかわいいいた。それはまるでマリカにそっくりの。



「あたしは元々かわいい人間の女の子だったの! 早く『科学者』を見つけて、あたしを人間に戻してもらいたいのよ!」



 小さな女の子の姿に変化した科学者が、マリカと全く同じ声で同じセリフを吐き出した。


 ――え……マリカ?


 一瞬アンジュはマリカが人間に戻ったのではないかと勘違いするほど、声がそっくりで、姿形もしっくりくるものだった。しかし、そんな思いはすぐに壊された。小さい女の子の姿のまま、のだ。


「わしの頭脳をコピーして、それからぬいぐるみに移したんじゃよ。それがマリカなんじゃ」


 ぞくっとアンジュは全身に鳥肌が立つのを感じた。


「どうして……そんなことを……」


「どうして? ふむ……どうしてかと言われれば……科学者として、ちょこっと記憶を書き換えた自分のコピーが、どのような行動を起こすのか興味があったから……かのぉ」


「……うそ……嘘ウソうそ嘘……ウソよっ! そんなの信じないわ!」



「信じる信じないも、それが真実なのだから仕方のないことじゃ」



「……マリカが……あなたのコピー……」



 アンジュは力が抜けて、両膝を床につけた。両腕がだらんと垂れ下がり、目も虚になって焦点が定まらなかった。



「コピーと言っても、記憶を書き換えたことで『マリカ』というオリジナルの人格を手にしたといってもいいじゃろう。その証拠に、三年にもわたる観察の中でだいぶわしオリジナルとは違う思考を行うようになったんじゃ。これは想定外イレギュラーではあったが、実に興味深い結果だった……例えば……」



 少女の姿のまま、科学者は膝をついたアンジュに近寄る。そして、ポンと肩に手を置いて、言った。


「アンジュをとか……ね。あたしじゃなかったら絶対しなかったことよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る