科学者と囚われの少女と作られた物語

第46話

 アンジュは空を飛ぶヘリコプターの中でひとり、窓から見える地上の景色を眺めていた。戦争によって草木がなくなった茶色の大陸。大陸と思っていたそれは、大きな島だった。海岸線がカーブを描いているが、そのずっと先は地平線までつながっていて、島という割には相当な広さであることが推測できる。




 ――その島の中で約三年間、アンジュは自分の右腕を切り落とした「王」に復讐するために旅を続け、マリカは人間に戻るために「科学者」を探し続けてきたのだ。


 弱きものを虐げていた、バイクを操る究極の先頭集団「ダン・ガン」と戦い、その流れでケンジやリコといった凄腕のスナイパーを要する近未来科学集団「THREE BIRDS」と関わることができた。


 しかしそこで、違法筋肉集団「ニューエイジ」の襲撃に遭い「THREE BIRDS」は壊滅。なんとか無事に脱出することのできたアンジュとマリカは、ケンジとリコの弔い合戦のために「ニューエイジ」の本拠地に潜入することになった。


 そこでは、マリカが新薬「M2NR-i」を作り出したり、アンジュが新しい集団「アンジェルズ」を旗揚げしたりしながら、最終的にニューエイジの王であるエイジを倒したのだった。


 そして、この島で一番大きな集団である「新世界」の王ビリー。この男こそ、アンジュの右腕を切り落とした憎き仇であり、改良したロケットパンチを装備したアンジュは、見事三年越しの復讐を果たしたのであった。


 しかし、大事なパートナーだったマリカの命と引き換えに。


 マリカを失った悲しみで涙が止まらないアンジュの元へ、「マリカを助けてあげる」と科学者の使いを名乗る女性が現れた。マリカを助けるためならと、アンジュは彼女の申し出を受け、ヘリコプターに乗り込み、科学者の元へと向かっているのだった――




「どう、空の旅は。酔ってないかしら?」

 使いの女性が、アンジュに話しかける。外を見ていたアンジュが、声のした方を向く。


「ええ、それよりもマリカは……?」

「ケーブルを繋いでデータの確認を行なっているわ。損傷がなければ、施設につき次第すぐにマリカを元に戻すわ」


「もし……損傷があれば……?」

 恐る恐るアンジュが尋ねると、銀縁メガネを右手の人差し指でクイっと持ち上げて、女性が言った。


「それでも科学者が修理してくれるでしょう。心配しなくて大丈夫よ」


 ほっ、とアンジュは胸を撫で下ろした。そして再び外を眺めた。眼下には青い海が広がり、アンジュたちのいた茶色い島がだんだんと見えなくなってきた。近くに他の島らしきものはなく、視界一面が海の青色で埋め尽くされた。



 ――私たちのいた島の近くにはただ海が広がっているだけだったのね。もしかして、周辺の大陸は核戦争によってなくなったとか……?


 アンジュがそんなことを思いながらぼおっと海を眺めてしばらくしていると、今度は小さな島が目に飛び込んできた。



 ――きれいな緑色。戦争の影響を受けてもなお、ここまで自然が回復するなんて。


 そこは草木が生い茂り、豊かな自然が残る大地だった。



 ――いや、これは自然が回復したんじゃない。もしかして、もともと戦争の被害を受けていない……?



 さらに進み島の中心に迫ると、今度は近未来的な球体の建物が姿を現した。もちろん破壊されてなどいない完璧な状態のものだ。太陽の光を反射して輝いてすらいた。



 ――これは……いったいどういうことなの? 核戦争で世界は崩壊したはずなのに……?



「まもなく研究所に到着するわ。しっかりベルトを閉めてね、怪我しても知らないわよ」

 頭の整理が追いつかないアンジュに、女性の声は届いていないようだった。




 ◇




 科学者の使いに連れられてアンジュがやってきたのは、四方が真っ白い壁で囲まれた無機質な部屋だった。机もコンピュータも何も置かれていない、ただの小部屋。窓もなく、天井に埋め込まれたLEDが部屋全体を明るく照らしていた。


「ここで待っていて。すぐに科学者がやってくるわ」


 そう言い残すと、科学者の使いは部屋から出て行った。


 一人残されたアンジュは何をするわけでもなく、部屋の中央に立っているしかなかった。とにかくマリカを元に戻してもらいたい。その思いでいっぱいだった。



 ――元気になったら、マリカとまた一緒に……。

 ――一緒に? 何をすればいいの?



 アンジュの頭の中に、彼女とくまのぬいぐるみであるマリカが荒野を行く姿を想像して、ふとそんな疑問が浮かんでしまった。



 ――私の目標は果たした。あとはマリカの願いを叶えるだけ。マリカの願いは……。



 マリカが常日頃言っていたセリフが頭の中に蘇る。


「あたしは元々かわいい人間の女の子だったの! 早く『科学者』を見つけて、あたしを人間に戻してもらいたいのよ!」



 ――そうだ、マリカは人間に戻りたいと願っていた。マリカを……ぬいぐるみの姿に戻していいの?



 彼女が願っていたのはくまのぬいぐるみから人間の姿に戻ること。であれば、マリカをくまのぬいぐるみとして元に戻すことも、修理することも間違っているのではないか?


 まもなく科学者がやってくる。アンジュは科学者に対してなんと言えばいいのかわからなくなった。


「マリカを動くようにしてください」違う。

「マリカを元に戻して」これも違う。

「マリカを人間にしてください」……これだろうか?


 しっかりと考えがまとまらないうちに、奥の扉が音もなく開き、そこに科学者と思わしき者の姿が見えた。コツコツ……と音を立ててアンジュに近づいてくる。



 ――私は……私はどうすればいいの?



「やあ、アンジュ。よく来たね、私が科学者だ」

 科学者を名乗る男は、白衣を着た若い男性の姿をしていた。そしてアンジュに対してにっこりと微笑んだ。

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