第45話「科学者を見つけて、人間に戻してもらうの!」

 どれだけ抱きしめても、声をかけても、マリカは動かない。


「マリカ、アイスクリームがあるわよ!」


 アンジュのから元気な言葉にも、もちろん反応はない。ぐすっ、と鼻をすすって、アンジュがヴァルクの方を向く。


「ねぇヴァルク! マリカは……マリカは生きているんでしょ? しばらくすれば元気に起き上がるんでしょ?」


 アンジュの問いに、ヴァルクは答えられなかった。マリカの眉間には確かに銃弾が打ち込まれた跡が残っていて、チラリと覗く電子機器は動いている気配がなかった。

 死んでいる……といえばいいのか、それとも部品を交換すればもとの元気な姿を取り戻すのか……。この場合どう答えてもアンジュを悲しませてしまうのではないかと思うと、彼はなんと言っていいかわからなかったのだ。


「……ううっ……ひぐっ……マリカ、起きて……起きてよぉ!」


 再びアンジュが涙を流して、マリカを抱きしめる。こんなに感情をあらわにするアンジュを見るのは初めてだった。


 彼とマリカが一緒に旅をしていた3年前、腕を切られて倒れているアンジュを見つけたのが最初の出会いだった。それからマリカはヴァルクと別れ、アンジュを助けるために自分の家である研究室にこもった。そして、ロケットパンチを接続するという大手術をやってのけ、無事アンジュを救出した。


 そこからは半年に一度、会うか会わないかぐらいの関係性だったが、アンジュは常に無表情だった。

 感情を表に出さないように努めていたのか、死の淵から生還したときに感情を置き忘れてきたのか。そんな彼女が今はぼろぼろ涙を流し、マリカとの別れを信じたくないと悲しんでいる。

 

「科学者を見つけて、人間に戻してもらうの!」

 ふと、ヴァルクの頭にマリカがいつも言っていた言葉が浮かんできた。


――科学者! マリカは科学者をさがしていた!

 

 何の確証もなかったが、ヴァルクはそれを口にしていた。

「科学者……が見つかればもしかしたら……なんとかなるんじゃないか?」

「……!」

 

 悲しみのどん底にいたアンジュの目に、一筋の光が戻った。

「そうね! 今すぐにでも科学者を探しに行くことにするわ!」


 アンジュが戦いの疲れなど見せずに、マリカを抱きしめたまま立ち上がったときだった。



「その必要はないわ」



 コツコツコツ……と乾いた足音がして、誰かがビルの中へと入ってきた。

 アンジュはすぐに厳しい表情に変わり、声がした方へ右手を向けた。




 ◇




「アンジュ、そのロケットパンチをしまってくれる? 戦う気など毛頭ないの」

「……誰?」


 アンジュが先ほどまでの泣いていた姿はうって変わって、冷たい口調で相手を見つめる。


「名乗るほどの者ではないわ。科学者の使い、とでもいえばいいかしら」


 姿を現したのはこの崩壊した世界に不釣り合いな、紺色のパンツスーツをびしっと着た一人の女性だった。

 すらりと背が高く、真っ黒い髪を後ろでお団子にまとめている。少し釣り上がった銀縁のメガネが、気が強く仕事ができる女性という印象を与えていた。


「あなたたちを連れてくるように、科学者から言われてやって来たの」


 見たことがない服を着た女性にアンジュは驚いた。ヴァルクはスーツなど見るのは戦前以来で、懐かしさと同時に怪しさも感じていた。

 ――この時代にこの服装……彼女はどこからやってきたというんだ? それに今、科学者の使いと名乗った。やはり科学者は実在するのか。



「疑う気持ちもわかるけど、マリカを助けたいんでしょ? であれば私に着いてきなさい。科学者が待っているわ」



 女性は硬い口調でアンジュに話しかける。それに少し違和感を覚えながら、ヴァルクが横から口を出す。


「しかしあなたが科学者の使いである証拠がない。もしかしたら敵の罠かもしれない」


 女性はちらりと声がした方――ヴァルクの姿を確認すると、鼻で笑った。


「このにあった4つの集団を全てアンジュが壊滅させたのよ? 今更どこに敵がいるというの?」


「島? 今、この島と言ったか?」

 ヴァルクがその言葉にすかさず反応した。この数年間行商を続けてきた彼は、あらゆる場所を歩いたつもりだった。確かに海も見たが……まさか自分たちの住んでいる場所が島の中だとは思いもしなかった。


 そんなヴァルクに、女性が「ちっ、余計なことを口にした」と舌打ちした。そして人差し指を伸ばし、ヴァルクの方に向けると、彼はまるで糸が切れたかのように、がくんと膝を曲げて、その場にばたっと倒れた。


「!?」

「大丈夫、眠らせただけ。ヴァルクは責任をもって彼の家まで届けるわ」


「どうしてヴァルクの名前も知ってるの……?」

「それも後でわかるわよ。さあ、アンジュ。マリカを抱いて、私について来て」


 指を向けただけでヴァルクは抵抗することもできずに眠りについた。そんな魔法のようなものを目の当たりにして、アンジュは直感的に「従わないといけない」と思ってしまったのだった。


 女性はきびすを返して、ビルの出口へと歩いていく。


 アンジュもマリカを抱いて、彼女についていくことにした。行き先が本当に科学者の元ならば、マリカを元に戻すことができるかもしれない。そんなわずかな希望を抱きながら。






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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 科学者の使いという女性が現れました。名前はありません。「ボスオネェマッチョ」と同じ理屈です。(ボスオネェマッチョが遠い昔の出来事に感じます)

 ここから舞台は最終章、「科学者編」へと移っていきます。ここから衝撃の真実が次々と明かされます。ヴァルクも退場した(死んではいません。出番がなくなった、というだけですので、誤解されないよう!)ことによって、マッチョ色が無くなっていきますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、またお気軽に応援コメント等、お待ちしております!

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