第44話「アンジュ……無事? ……よかったぁ」

 パン!


 鋭い銃声が、大雨の音を切り裂いて響き渡った。



 銃声がしてアンジュが振り返ると、銃をこちらに向けているビリーの姿があった。銃口からは白く細い煙が出ていたが、すぐに雨に飲み込まれて消えていった。


 ――撃たれた?


 アンジュは自分の体を見るが、どこも痛みを感じなかった。そのとき、足元に茶色いくまのぬいぐるみがあおむけに倒れているのに気がついた。



 ――マ……マリカ?



 そのとき、アンジュは血の気がさっと引いていくと同時に、心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。



 ――まさか、まさかまさか嘘よ!


「マリカ!」


 アンジュはあわててしゃがみ込み、倒れているマリカを抱き起こした。


「アンジュ……無事? ……よかったぁ……あのね……」

 その声に力はなく、言葉の続きは出てくることはなかった。


「うそ、マリカ……うわああぁぁぁっ!」


 マリカの眉間に弾丸が一発めりこんでいた。アンジュが指でそれを触ると、ポロッと取れて泥だらけの地面に落ちる。眉間に空いた穴からは電子回路が見えて、緑や赤やらの電気信号が点滅していたが、その光がだんだんと弱くなり、やがて消えた。



「マリカ、ねぇ、マリカってば! ちょっと、冗談はやめてよ!」



 アンジュはマリカを胸に抱きしめたまま、膝をついて空を見上げた。


 ――私がちゃんとビリーにとどめを刺しておけば! マリカが私をかばって撃たれることもなかったのに!


「うわあああああっ!」


 大雨が降りしきる中、アンジュは声を出して泣いた。彼女の頬を涙と雨が同時にこぼれ落ちる。




 一方でビリーは最後の力を振り絞って、もう一発撃とうとしていた。ほとんど動かない左手でなんとか撃鉄を引こうとするが、激痛のあまりうまくいかない。あと一撃、あのクソ女に弾丸を撃ち込まないと、新世界の王としてのプライドが許さなかった。


 ガチャリ。


 なんとか痛みに堪えながら、ビリーは撃鉄を引いた。ニヤリと口角が上がる。――恐らく俺はこのあと死ぬ。だが、ただでは死なんぞ! あいつも道連れだ!


 まさに引き金に人差し指がかからんとしたとき、誰かにぐっと上から拳銃を掴まれた。


「!?」


 ビリーが見上げると、そこには顔や全身を真っ赤に腫らしたが立っていたのだった。はぁはぁと息が荒く、立っているのもやっとという感じだったが、ビリーもまた、抵抗する力など残っていなかった。


「おしまいだ、ビリー」


 ヴァルクの声が怒りに満ちていた。懸命に生きている少女たちに対して卑怯な真似ばかりするビリーに対して、いくら元オリンピア同士の仲だとはいえ、許すことはできなかった。


 ヴァルクは押さえつけていた銃口を力づくでビリーの方に向ける。ビリーは自分で自分に拳銃を向けているような形になった。


「ヴァ、ヴァルク! やめろ!」

「……」


 ヴァルクは自身の指もビリーと同じように引き金にかけた。そして、容赦無く思いっきり引いた。

「ひいっ!」



 カチッ。



 なんと、拳銃は不発だった。運が良かったのか、この大雨と、瓦礫や泥にまみれてしまったせいなのだろうか。ビリーは死をまぬがれてホッとした表情を見せた。それがまたヴァルクには悔しくて、腹だたしくてたまらなかった。


「その汚い顔、二度と見せるな。アンジュの顔を立てて、殺さないでおいてやる」

 ヴァルクはそう言って、ビリーの腹部を思いっきり殴りつけた、


「ぐばはぁっ!」

 強烈な一撃で、ビリーは口から胃液を吐き出した。腹部の痛みに手を当てようとしても、右手は吹き飛ばされ、左手は自由が利かない。どうすることもできず、ビリーはその場で悶えながら前のめりに倒れた。


「……」


 若干、呼吸で体が上下するので死んではいないが、ビリーが動かなくなったのを確認すると、ヴァルクはアンジュの元へ近づいた。アンジュはマリカの体に自分の顔を押し付けて泣いていた。


「アンジュ……雨の降らないところへ移動しよう……このままではマリカも濡れてしまう」


 ヴァルクの呼びかけにもアンジュは答えられず、動こうとしなかった。ヴァルクは仕方なく、アンジュと、動かなくなったマリカを抱えて、誰もいないビルの中へと入っていった。




 ◇




 しばらくして、少しだけ雨が弱まった。


 ビリーが目を覚ますと、そこは先ほどと同じ場所。崩れたマッチョタワーの前だった。アンジュやヴァルクの姿はなく、目の前には泥だらけの拳銃が転がっていた。


「くそっ」


 ヴァルクに殴られた腹部がズキズキと痛む。なくなった右腕と動かなくなった左腕はほぼ感覚がなかった。太腿も大きく傷口が開いているので移動することもままならない。このまま死を待つしかないか――。ビリーがそんなことを思っていると、背後に誰かの気配を感じた。


「ビリー」


 そう名前を呼ぶのは、彼の妻、ケインだった。

 たまたま所用でマッチョタワーを離れていた彼女は無事だったのだ。

 

 雨の中、傘もささずに足元が泥だらけになるのもお構いなしで、後ろ手を組んで立っていたのだった。彼女は今にも死にそうな、ボロボロのビリーの姿を見て、顔色一つ変えなかった。さすが世界最強集団の王の妻、といったところだろうか。



「ケイン!……助かった! 確か西の町に義肢を作る専門家がいただろ! 大至急そいつに連絡を取れ! やっぱり俺様は運がいい……死んでたまるか、生きてあの女をぶっ殺す!」



 地面に仰向けのまま、ケインの姿を見たビリーはいつもの調子を取り戻した。動けこそしないが、ついさっきまで死を覚悟した者とは思えない態度だった。


「おいケイン! 聞いているのか? 大至急だ!」

 ケインは返事をしなかった。



「ケイン! 返事をしないとぶっ殺すぞ! おいケ……」



 ビリーの視界に入ってきたケインは、両手に大きな包丁を持っていた。そしてビリーが何か言葉を発する前に、思いっきりそれを腹部に突き刺した。


「――っ! ケイ、ごぼっ!」


 ビリーが口から血を吹き出す。ケインはそんなことお構いなしにもう一度、今度は心臓付近を目掛けて包丁を突き刺す。


「ケ……ケイン……」


 何度も何度も、包丁をビリーの体に突き刺しながら、ケインは言った。



「西の町の住民はあなたが全員殺しました。私はその町から連れてこられたの。そんなことも忘れて、よくもまあそんなことを!」



「ごぼっ……がはっ!」


「これで町のみんなの復讐をようやく果たすことができるわ……死ね、ビリー」



 ケインはこれが最後だと、大きく振りかぶると、ビリーの口に包丁を突き立てた。ビリーの体がビクビクっと跳ねて、しばらくすると動きを止めた。

 口から、腹部から、右肩から、大量の血がどくどくと流れ出る。それが雨と混ざって泥の中に溶け込んでいく。


「……はは……ははははは、アハハハハ! アハハハハハ!」


 ビリーの死を見届けたケインは一人、誰もいなくなった新世界のアジトで狂ったように笑うと、どこかへ姿を消してしまった。







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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 マリカちゃん……ここでまさかの退場。

 悲しみに暮れるアンジュが元気を取り戻すことはあるのでしょうか。だんだんとタグ「メリーバッドエンド」が近づいてきている気がします。

 ビリーに関しては、極悪非道の王らしい退場の仕方ができたかなと思っております。若干残酷表現が表れましたが、セルフレーティングにも事前に示していたので問題はないと思っております。

 「マリカちゃん復活して!」とか「これから世界に散らばる七つの玉を探しにいくんだろ?」等の応援コメント、ぜひお待ちしております。

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