第43話「さあアンジュ、思いっきりビリーをぶっ倒してきな!」
「ノムラーーー!」
マリカが叫ぶ。
ビリーの拳が振り下ろされると同時に、ヴァルクの顔面が真っ赤に染まる。
だが、ビリーの拳がヴァルクを捉えたわけではなかった。ズシン、と太い右腕がヴァルクの足元に落ちる。彼にとっては馴染みのある、自分自身の腕だった。
「……?」
少し遅れてビリーが気付いた。自分の右腕がないことに。そしてその直後、彼の右肩近くに激痛が走る。
「うおおおおぉ! なにが起こったァ?」
ビリーが振り返ると、アンジュが右腕を伸ばして立っている姿が目に入った。その彼女の――右肘から先が……ない。そこでようやくビリーは、アンジュがロケットパンチを発射して、自分の右腕に命中させたのだということを理解することができた。
アンジュが飛ばしたロケットパンチは、ビリーの右腕を吹き飛ばした後、そのまま棒に括り付けられたままのヴァルクを掴んで、持ち主の元へと戻ってきた。
右腕がゆっくりとヴァルクを地面に下ろし、再びアンジュの右腕に接続された。
マリカが急いでヴァルクの手足に結び付けられていた縄をほどく。
「アンジュ、どう? 新しいロケットパンチの具合は?」
「いいわね。何より、飛んで行った後も自分の意思で指先を動かせるのがいいわ」
「でしょでしょ、この天才科学者マリカ様に感謝してね!」
ニューエイジを後にして、自宅に戻ったアンジュとマリカは、すぐにロケットパンチの改良にとりかかったのだった。約二週間の間に、出力を上げ、威力をこれまでの倍に高め、それに耐えうるよう腕を強化し、また飛行中もアンジュの意思で指先が動くようにしたのだ。これにより、ロケットパンチはただ敵を倒すだけの兵器ではなく、遠くから物をつかんで持ってきたり、逆に持っていったりすることもできるようになったのだった。
自分たちの近くにヴァルクを連れてくることができた。これで一つの目的――ヴァルクを救出する――は達成した。あともう一つ。
――アンジュが自分の腕を切り落とした王に復讐をする。今まさに、その目的が果たされようとしていた。
「さあアンジュ、思いっきりビリーをぶっ倒してきな! ヴァルクはあたしがここで見ておくから」
マリカの言葉に、アンジュは黙ってうなづいた。そしてビリーの方へ向かってゆっくりと歩き出した。
◇
ポツリポツリと、真っ黒い雲から雨が降り始めた。道路にある水たまりに水の波紋が広がる。その数がだんだんと多くなり、しだいにそれがわからなくなるほどになる。雨足はだんだんと強くなり、ビリーとアンジュ、そして少し離れた場所にいるマリカとヴァルクに打ち付ける。
「どう、私と同じように右腕を失った気分は」
「クソッタレめ……」
歩いてくるアンジュを見ながら、ビリーはペッと地面に唾を吐いた。右肩から流れ出る血を構うことなく、ビリーは左腕を胸の前に持ってきて戦う姿勢を見せた。
「あなたに腕を切り落とされてからずっと、復讐することだけを考えて生きてきたわ……それも今日で終わり」
「うおおおおおお!」
ビリーが左腕を振り上げて、アンジュに殴りかかる。それに対してアンジュも、ぐっと拳を握って、自分の右腕――ロケットパンチを発射しないまま――をビリーの拳に向かって殴りつけた。丸太のような黒くて太い腕と、白くて細い腕。互いにぶつかり合って勝ったのは、白い腕――アンジュの方だった。
「ぎゃあああっ!」
左拳が粉砕されて、またしてもビリーが叫ぶ。両膝を地面につけ、壊れた左腕をだらんと下げる。
「ヴァルクは私の腕を鋼鉄製だと教えてくれたんでしょ? それ、正しい情報よ。彼は嘘をついていないわ」
「くそくそクソクソぉーっ」
ビリーはだらんと下げた左腕で、アンジュに気づかれないように太腿のサイドホルダーに刺さっていたナイフをなんとか掴むと、彼女目掛けて投げつけた。しかし残念ながら「キン!」という音を立てて、彼女の右手に弾かれてしまった。
もはやビリーに打つ手はなかった。右腕は吹き飛ばされ、左手は粉砕された。切り札のナイフは通用しなかった。こうなるともう、逃げるほかない。
「この……化け物め!」
ビリーはアンジュに捨て台詞を吐くと、後方へと走り出した。
「……」
アンジュは無言のまま逃げるビリーをしばらく見つめ、それからロケットパンチを発射した。
大雨の影響など一切受けず、勢いよく飛んでいったアンジュの右腕はあっという間にビリーに追いつき、彼の足首を掴んだ。
「ぐえっ!」
ビリーは雨でぐしょぐしょになった地面にうつ伏せに倒された。そして、そのままアンジュの右手がビリーを引きずっていく。
ズズズズ……ドゴッ、グチャッ……!
泥にまみれ、瓦礫に体をぶつけ、ボロボロになりながら、ビリーは再びアンジュの前へ連れ戻されるかたちになった。
「はぁはぁ……はぁ」
ビリーにもはや戦う気力も体力も残っていなかった。これまで長い年月をかけて作り上げてきた極悪非道集団「新世界」のメンバーは、一瞬にしてビルの下敷きになって全員死んでしまった。
彼自身もロケットパンチによって右腕を失った。たとえ逃げても、ロケットパンチに捕まって連れ戻される。アンジュの圧倒的な強さを前に、もうどうすることもできないことを悟ったのだ。
だが、死にたくはない。
「たのむ……見逃してくれ…… 腕を切ったことは謝る……この通りだ」
泥と傷と血によって、もはや誰だかわからない顔になったビリーが、観念して声を絞り出した。先ほど瓦礫の中を引きずられたことにより、右足の太腿に大きな裂傷も見られた。そこからも血が流れ続け、走って逃げることすらできない状態になっていた。
「……たのむ、助けてくれ……」
アンジュは雨に濡れながら、ボロボロになったビリーを哀れな目で見つめたまま、しばらく動かなかった。
――これまで残虐の限りを尽くして来た男が最後は命乞いをする……なんと情けない姿だろうか。私が復讐したかった「王」が、こんな無様な……小物だったなんて――
「アンジュ……」
少し離れた場所で、同じく雨に打たれながら、マリカが倒れたままのヴァルクとともに、アンジュとビリーの戦況を見つめている。大勢は決した。なのに、どうしてだろう。何か、何か嫌な予感がする。マリカはそんな思いを抱き、アンジュとビリーから目が離せなかった。
アンジュはしばらくビリーをじっと見つめ、そしてふう、と一つ息を吐いた。
「助けない。だけど殺しもしない。私と同じように絶望を味わいながら、ゆっくり死を待つといいわ」
そう言うと、彼女は表情を変えることなく、ビリーに背を向けて、マリカとヴァルクの元へと歩いていった。
その瞬間、ビリーの口角が少し上がったことにアンジュは気付かなかった。
大雨が一層強くなる。歩くたびにぐちゃ、ぐちゃっと泥になった地面が音を立てる。
雨粒が瓦礫や水たまりにはじけて、そこらじゅうを雨音が支配する。
そのせいで、ビリーが隙を見て瓦礫の近くで拳銃を拾い、撃鉄を上げた音は聞こえなかった。
ゆっくりとビリーは拳銃をアンジュへと向けた。
ビリーの怪しい動きに、マリカがいち早く気づき、走る。
「――!」
アンジュに大声で叫ぶが、雨音にかき消されて彼女の耳には届かなかった。
パン!
鋭い銃声が、大雨の音を切り裂いて響き渡った。
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こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。
だんだんと物語が終盤へと近づいてきました。あと数話で「新世界編」が終わり、最終章へと向かっていきます。
ビリーを倒したと思ったのに、まさかの銃声――。ここら辺からだんだんと「タグ」が役割を発揮し始めます。次回をお楽しみに。
少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、またお気軽に応援コメント等、お待ちしております!
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