第41話 「信じられない、あのノムラがあたしたちのことを売るなんて――!」
もうすぐ雨が降り出すのではないか、というくらい空気が湿気を帯びてきて、どんよりとした雲が空を覆い始めた。先ほどまでできていた二人の影がだんだんと薄くなってきて、消えた。
「雨降るかも! 急げ、急げ!」
アンジュとマリカが新世界のアジト内を進んでいくと、奥に一際大きくて高いビルが見えてきた。あれが本拠地――ビリーのいるところに違いない。二人は一目見ただけでそう直感した。
しかし、ここまで現れた敵はアイスクリームの罠を仕掛けたマッチョのみ。他には誰一人として遭遇することはなかった。
「もしかして、新世界のメンバーってさっきので全部?」小走りになりながら、マリカが呟く。
「なわけないでしょ。一番大きな集団って聞いてるわ」同じく小走りで、でも息を切らさずにアンジュが答えた。
「でもさ、どうしてあたしがアイスクリームで釣れるって知ってたんだろ?」さらにマリカが疑問を口にした。
「……実はマリカ、アイスクリームが大好きってことで有名人だったりして?」
「うっそぉ! あたしってば有名人なの!? 困っちゃう〜!」
そんな会話をしながら、二人はビリーがいると思われるビルの前に到着した。高さからして二十階ほどだろうか。二人は思わず、最上階までビルを見上げた。だがここにも相変わらず人の気配はない。
ヒュウウウゥと一陣の風が吹いて砂埃が舞う。瓦礫の近くにある水たまりが波打つ。
すると突然、目の前のビル全ての階に電気が点灯し、一気にあたりが明るくなる。
「えっ、なになに?」
あまりの眩しさに思わず目を瞑り、右腕で顔を覆ったアンジュとマリカ。やがてゆっくりと目を開けて腕をどかすと、ビルの二階あたりに設置してあった大型モニターに、新世界の王「ビリー」の顔が大きく映し出された。スキンヘッドにカイゼル髭。眉間のシワに太いまゆ。アンジュにとって、決して忘れることのできない顔だった。
……間違いない。こいつが私の――!
アンジュは思わず両手に力を込め、ぎゅっと握りしめていた。
「よく来たな、アンジュとマリカ!」
モニターに映し出されたビリーは、髭をさすりながら話した。
「俺様に復讐……か、身の程知らずもいいところだ!」
がっはっは! と豪快にビリーは笑った。それが、アンジュもマリカも非常に不愉快で、しかしそれと同時に違和感もあった。
「どうして私たちが来ることを知っていたの……? もしかして敵がいなかったのも……わざと?」
「ねぇねぇ、あたしの名前もバレてるんだけど!」
アンジュとマリカは困惑した。復讐に来ることがなぜわかったのか? 電動バイクを走らせている間、偵察隊らしきものに遭遇した覚えはなかった。誰かに見られているような気配すら感じなかった。相当手だれのスパイでもいるというのだろうか?
「どうして来ることがバレてるのかって顔してるなぁ! 教えてやろうか、お前らの情報を全部教えてくれた優しいバカがいるんだよ!」
モニターの中のビリーが画面外へと消える。するとそこに、垂直に立てられた一本の棒に手足を縛り付けられたヴァルクの姿が映し出されたのだった。全身傷だらけで、ところどころ赤く腫れ上がり、血を流している。かろうじて呼吸はしているものの、目は閉じていて開くことはなかった。
「ヴァルク!」
「ノムラ!」
まさかの光景を目の当たりにし、二人が叫ぶ。
――ヴァルクがここまで痛めつけられるなんて……一体どうしたというの?
アンジュもマリカも、ヴァルクの強さは十分わかっていた。だからこそ、彼が誰かに負けるなど考えられなかった。しかもこんなに傷ついて……。
「ノムラになんてことをするのよ!」
驚きと悔しさと、いろいろな感情が入り混じったマリカの声は、残念ながらモニター越しのビリーには届かなかった。
「こいつがお前たちのことを洗いざらい吐いてくれた! お前らの名前も、好物も、ここにやってくることも、全てだ!」
――だからあたしがアイスクリームが好きってこともバレてたのか!
マリカは先ほどのアイスクリームの罠のことを思い出した。あれもノムラが――。
「信じられない、あのノムラがあたしたちのことを売るなんて――!」
信じたくない! ブンブンと顔を横にふるマリカの頭にアンジュが優しく右手を置く。マリカがふと、アンジュを見上げると、彼女はマリカを安心させるように、優しい顔をして言った。
「大丈夫。ヴァルクはそんな人じゃない。信じましょう」
再びビリーが画面上に姿を表す。画面いっぱいに映った憎たらしい顔に、二人は顔をしかめる。
「俺様とヴァルクはこのビルの最上階にいる! 俺様に復讐したいんだったらここまで上ってこい! ただし……」
アンジュとマリカが視線を上げる。すると――
「!」
「……やば」
「新世界のメンバーを総動員したこのビルを上ってくることができたらの話だがな!」
これまで誰の気配も感じなかったビルの全ての階に、びっしりとマッチョが並んでこちらを見下ろしていたのだった。各階に数え切れないほどの武器を持ったマッチョたち、それが約20階分。ビリーはこのマッチョたちを相手にしながら、最上階までビルを上ってこいというのだ。
ビリー自体、戦闘力の高いマッチョではある。しかし、ヴァルクからアンジュの情報を手に入れたことにより、念には念を入れて体力を消耗させてから戦いに臨もうと画策していたのだった。
◇
ビルの最上階で、ビリーは自分の目の前に置かれているモニターに映るアンジュとマリカの姿を見ながら、高らかに笑った。
「ガハハハハ! 二千人のマッチョたちを前にビビっておるわ! この人数の前には流石の鋼鉄製の腕も歯が立たんだろう! なぁ、ヴァルク!」
ヴァルクは目を閉じたまま返事をすることはなかった。しかし、口元が少しだけ緩んでいるのをビリーは気付いていなかった。
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こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。
ビリーとの戦いを目前にして、マッチョタワー(という名前を今思いついた)を上らないといけなくなったアンジュとマリカ。敵の数約2000人以上(各階100人以上×20階分)
そんなに大所帯だったの? とか、アイスクリームの罠に100人ぐらいいてもよかったんじゃないの? とか、そんな野暮なことはいっちゃあいけません!
果たしてマッチョタワーをどう攻略するのでしょうか。おそらく皆さん、わかりますよね、わかっていてもネタバレ禁止でお願いいたします。
少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、またお気軽に応援コメント等、お待ちしております!
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