第40話「うるさいうるさいうるさーい! べーだ、アンジュのバーカ!」

 廃墟となった街並み。


 元々はオフィス街がなにかだったのだろう。ビルなどの建物が原型を留めているが、窓ガラスが全て割れていたり、半分より上が骨組みだけになっていたり、ツタが好き勝手生い茂っていたり。

 ここは核の被害が比較的少なかった地域なのだが、それでも、戦争の影響で多くの人が亡くなり、住む場所を追われることになった。そんな場所が、現在は超極悪非道集団「新世界」のアジトと化してしまった。

 

 瓦礫と水溜りだらけの道路――もはや道路と呼べるのかすら怪しいが――を、アンジュとマリカが往く。電動バイクではこれ以上進めないと、アジトの入り口近くに隠し、そこから歩いてきたのだった。


「だれもいないね、アンジュ」

「本当にここが新世界のアジトなの?」

「間違いないわ。あたしのゲットしたデータベースに間違いはない……はず!」


 違法筋肉集団「ニューエイジ」のアジトのような門番がいるわけでもなく、近未来科学集団「THREE BIRDS」のようにセキュリティが万全なわけでもない。人の気配がまるで感じられない廃墟の中を二人は歩き続ける。


 すると、マリカが何かに気づいた。

「アンジュ……あれ!」


 瓦礫だらけの道路の真ん中に、明らかに不釣り合いな怪しい箱が立っていた。その箱の上にはなんとが置かれていたのである。ビルの影によって日が当たらないとはいえ、全く溶けていない状態で。


「……私には何も見えないんだけど」


 アンジュがそこにはアイスクリームなんてないわ、という体で話を終わらせようとすると、マリカがアンジュの服を掴んで引っ張る。


「そうじゃなくて! これから始まる戦いの前に、糖分補給は必要じゃない?」

「マリカは長距離の移動で頭がおかしくなったのかしら? こんなところにアイスクリームが置いてあること自体不自然だし、新世界の連中が罠を仕掛けているに違いないわ」


「たとえそうだとしてもよ! あたしはアイスクリームを食べたいの!」

「あれ、絶対偽物よ。がっかりするに決まってる」


「本物か偽物かは、食べてみないとわかりませーん! アンジュは遠目から見ただけで本物か偽物かの区別がつくって言うんですか?」


「……じゃあ好きにしたら? 私はついていかないわよ」

「いいですよーだ!」



 なんとマリカは罠とわかっていてもなお、道路に不自然に置かれているアイスクリームのもとへと近づいていった。彼女の本気度を感じ、アンジュも「もう、全くマリカったら……!」と、しぶしぶマリカの後をついていく。



「アイスクリーム……リコに食べさせてもらって以来ね……こんなところで食べられるなんて……うれしい!」


 マリカが箱に近づいて、アイスクリームを手に取り、口に含もうとした瞬間だった。



「ヒャッハー! 釣れた釣れた! ビリー様の言う通りだ!」



 近くの瓦礫の中から、十数人のマッチョたちが姿を表し、アンジュとマリカを取り囲んだ。


 ニューエイジの作られたゴリマッチョたちとは違う、いわゆる細マッチョに近い者たちだったが全員目つきが悪く、いかにも悪人づらをしていた。手には釘が無数に刺さった木製バットを持ち、眉間にシワを寄せて、舌を出して、アイスクリームの罠にかかった二人を威嚇いかくする。


 突然のことに驚いたマリカは、思わず手にしていたアイスクリームを地面に落としてしまった。すると、アイスクリームはカランカラン……と乾いた音を立てて、そのままの形で転がった。そう、あきらかに複製品レプリカであった。



「こんなところにアイスクリームなんてあるわけないだろ! バッカじゃねぇの、こいつら!」

「ヒャッハッハッハ! 確かに!」

「さあ、お前ら、大人しくついてこい! ビリー様がお呼びだ!」

「そのまえに俺たちが、このかわい子ちゃんを味見しておくか!」

「それもいいなぁ、よくみるとこの女、いい顔をしている!」



 可愛らしい少女とくまのぬいぐるみ。絶対的に自分たちの方が強いと勘違いしている大勢のマッチョたちが、余裕を見せて好き勝手喋っている。「……」アンジュとマリカは無言のまま、マッチョたちを一目、チラッと見るとお互い顔を見合わせた。そして。



「ほら、だから私の言った通りじゃない! ちゃんと言うことを聞かないから!」

「そんなに言うなら、本気であたしのことを止めれば良かったじゃないの! 一緒についてきたのはどこのどいつよ!」

「はぁ? 私はマリカが暴走するから仕方なしについていってあげたのよ、それを何よ、その言い草!」

「暴走? 暴走なんかしてませんよ、あたしは本能のままに動いただけです!」

「それを暴走と言わずしてなんと言うのよ?」

「うるさいうるさいうるさーい! べーだ、アンジュのバーカ!」

「あっ、それはひどい!」



 二人はマッチョに囲まれていることをお構いなしに、口喧嘩を始めてしまった。挙げ句の果てにはアンジュがマリカを捕まえて、耳をぴーんと引っ張った。耳を掴まれたまま、マリカはもふもふの足でアンジュの頬をべちべちと叩いた。


「おっ……おい……」


 ビリーから「アイスクリームで釣って捕まえてこい」という命令を受けていたマッチョたちだったが、突然二人が喧嘩を始めたものだから、どうしていいかわからず戸惑ってしまった。そのうち、痺れを切らした一人のマッチョが釘バットを地面に叩きつけた。


「うるせぇお前ら! ぶっとばすぞ!」


 ドスの効いた低い声でアンジュとマリカを脅す。その一言で、他のマッチョも我に返り、同様に脅し始めた。


「俺たちを無視して喧嘩してんじゃねーぞ!」

「そうだそうだ、この!」

「お前もだ、!」


 すると、喧嘩をしていたはずのアンジュとマリカがぴたりと動きを止め「あぁ?」と言いながら、ゆっくりとマッチョの方を向く。その顔は悪人ヅラをしているマッチョたちよりも恐ろしく睨みを利かせていた。


「だれよ、今マリカの悪口言ったのは」アンジュが指をポキポキと鳴らす。

「アンジュのことをバカ女ですって? 絶対許さないんだから!」マリカが体から金色のオーラを出して、もふもふの毛を逆立てる。(実際はそんなことないのだが、そのようにマッチョたちには感じられたのだ)


「ひっ!」

 十数人のマッチョたちは逃げる間すら与えられず、アンジュとマリカにボコボコにされた。



「とにかく、これでここが新世界のアジトだということは確定したわね」

「あたしのデータベースは間違っていなかった! えへん!」


「敵が少ないのは気になるけど……もしかしたら今のやつらみたいに潜んでいるのかもしれないわね」

「そんなの、私が全部ぶっ飛ばすわ! アンジュはビリーを倒すことだけに集中してね!」


「ありがと、マリカ」

「いいってことよ、アンジュ!」


 ボコボコにされたマッチョたちの横に複製品レプリカのアイスクリームがコロンと転がる。二人はすっかり機嫌を取り戻し、新世界のアジトの奥深くへと向かっていった。






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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 いきなりボス戦! の前に、ちょっとザコ敵との戦いを描いてみました。(え、戦いなんて一行いちぎょうだし、ほとんどアンジュとマリカの痴話喧嘩じゃん! という感想をお持ちの方、その通りでございます。)

 ビリーとの戦いの前にあと一話、話を引き伸ばしますが、こんなノリですので、お付き合いいただければ嬉しいです。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、またお気軽に応援コメント等、お待ちしております!

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