第39話「おおっ、見えてきたぜアンジュ、あれが新世界のアジトだ!」

「よぉヴァルク、久しぶりだな」

「ああ、お前もな。ビリー」


 ビルの最上階、ビリーの部屋にヴァルク野村がやってきた。ビリーは相変わらず巨大な椅子に腰掛け、タバコをふかしている。ヴァルクは特にひざまづく様子もなく、普通に立ったままであった。巨大な荷物はさすがにビルの入り口に置いてきた。当然ながら武器も持ち込んではいない。


「ビリー、だ。今の俺はお前とは強さも地位も違うんだ。勘違いするなよ」


 眉間にシワを寄せて凄みを効かせるビリー。たいていの人間はこれで萎縮してしまうのだが、ヴァルクは違った。特に表情も変えることなく、真っ直ぐにビリーを見つめたまま視線を外さない。「いや、俺はお前と対等だぞ」そういう意志が感じられた目だった。


「フッ、まあいい」


 先に折れたのはビリーの方だった。懐から一枚の写真を取り出すと、ヴァルクに渡した。それはいつ撮られたかわからない、右腕がないアンジュとマリカの写真だった。


「お前、こいつを知っているだろう? 知っていることを全部話せ」

「いや……初めて見た。誰なんだ、この子は」



「嘘はつくんじゃねぇよ」



ドン!


 と肘掛けを強く叩くと、ビリーは立ち上がった。ヴァルクと同じ……いやそれよりも大きくて太い体がヴァルクに迫る。


「お前はここにくる前にニューエイジを経由したって言っていたよな? それがちょうどニューエイジが崩壊した時期と重なるんだよ。聞いた話によるとこの女がエイジをぶっ倒したらしいじゃねぇか。なんか知っているんだろ? 話せ」

「……」


 新世界の王、ビリーが極悪非道のやばい奴であることはヴァルクも承知だった。だからこそ、アンジュとマリカには一切その情報を知らせず、関わることがないようにしていたつもりだったのだが――まさか新世界の方から二人に接触しようとしているとは――ヴァルクは思わず顔をしかめた。


「ついでに、このクマについても教えろ。どうやら勝手に動いて喋るらしいな」


 ――そこまで把握しているか。ということは、俺がアンジュたちと一緒に行動していたこともバレているのかもしれないな。なんとかして誤魔化すことはできないものか……。


 ヴァルクが思案していると、ビリーが動いた。

 

 ポンとヴァルクの方に手をおいて、耳元で囁く。



「ところで、嫁と息子は元気にしているか? 確か今、あの集落の近くに俺の部隊がいるんだよなぁ」

「――っ! お前!」



「もう一度言うぞ。知っていることを全部話せ。でなければ嫁と息子は殺す」


 愛する家族を盾にされては、さすがのヴァルクでもどうしようもなかった。


「わかった。話すから、家族にだけは手を出すな」

「はっはっは、それでこそヴァルクだ。、仲良くしようじゃねぇか!」


 オリンピアとは、国際ボディビル大会で優勝した者を指す言葉である。ビリーとヴァルクはその舞台で共に戦った仲間であり、強敵であり、親友でもあった。


 しかし核戦争で世界が崩壊した後、二人は別々の道を歩むことになった。


 ヴァルクは家族を優先し、ともに生きる道を選んだ。彼は行商人として各地を回りながら物資を稼ぎ、自分たちの住む集落の発展のために力を尽くした。


 当時まだ結婚していなかったビリーはただひたすらに体を鍛え、誰よりも強くなる道を選んだ。そして彼は新世界というチームを作り、あらゆる手段を使って世界最大最強の集団へと成長させていったのだった。


「――アンジュとマリカ……か。どうやら『科学者』が一枚噛んでいるようだな」


 ビリーがそう言いながら、自分のヒゲを触る。



「この女、右腕がないだろう? その腕を切り落としたのは俺だ」



 その言葉を聞いて、ヴァルクは思い出した。


 アンジュが自分の腕を切り落とした「王」を探しているということを。そして、その相手こそ、今自分の目の前にいるビリーだったのだ。四大集団のうち三つがなくなった現在、恐らくアンジュとマリカはしばらくすると新世界ここへやってくるだろう。ビリーとの戦いの前に、アンジュの右腕がロケットパンチだということを知られてはいけない。そう思った。


 しかし、ヴァルクの表情が変わったことをビリーは見逃さなかった。


「で、こいつの右腕は誰が改造しやがった? このマリカとかいうクマか?」


 ビリーはこんなナリをしていながら、頭の切れるヤツだった。ヴァルクは思わず「な、なんのことだ?」とシラを切ったつもりだったが、逃げられなかった。



「片腕でエイジやあのマッチョたちを倒せるとは到底思えん。それに巨大化したエイジに、この女がミサイルみたいなものをぶっ放したという情報も入ってきている」

「……」



「ああ、話さなくてもいいんだ。……ケイン! ヴァルクの嫁と息子を殺すよう連絡しろ!」



 ビリーが後ろを向いて、部屋の奥にいるケインに対して大声で言った。ケインはひょいと奥から顔を出し、無言でうなづくと、そのままビリーとヴァルクの前を通り過ぎ、部屋を出て行こうとする。


「わかった、全部話す!」


 思わずヴァルクはそう叫んでいた。ビリーはニヤリと笑い自分の髭を触ると、ケインを奥の部屋へと戻した。


――すまん、アンジュ。マリカ。お前たちが戦う前に、情報が筒抜けになってしまうことを許してくれ。


 ヴァルクは唇を噛み締めて、天を仰いだ。





それからさらに数日後。


「ウォーウォーウォーウォー、アンジェルズ! アンジェルズ!」

「もう、やめてよ。恥ずかしいから」


 草すら生えていない荒野の中、一台の電動バイクが太陽の光を電力に変換しながら走り続けている。マリカがご機嫌に、アンジュの胸元でアンジェルズのコールを繰り返す。しばらくすると、何もない荒野の先に、少しずつ建物の影が見え始めてきた。


「おおっ、見えてきたわアンジュ、あれが新世界のアジトよ!」

「……」


 ――ついに、ついに探していた「王」に復讐する機会が巡ってきたのだ!

 アンジュはアクセルを思いっきり回して、スピードを上げた。






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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 最後の集団、新世界。久しぶりにちゃんとした悪役を書いている気がします。ビリー。超悪い奴なので、ちゃんとアンジュのロケットパンチで成敗してもらいましょう。もちろん、ヴァルクとマリカの活躍の場も……あるはず。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、またお気軽に応援コメントをいただけると嬉しいです。一言でも大歓迎でございます、お待ちしております!

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