超極悪非道集団「新世界」

第38話「さあ、新世界の王ビリーをぶっ飛ばすわよ! 準備はいい? アンジュ!」

 ニューエイジでの出来事から二週間後。

 ロケットパンチの改良も無事に終わり、いよいよ新世界のアジトへ向けて出発となった。


「さあ、新世界の王ビリーをぶっ飛ばすわよ! 準備はいい? アンジュ!」

「ええ」

「長旅になるわよ!」

「大丈夫」

「歌でも歌う?」

「それはいい」


 若干マリカは興奮気味だった。いよいよアンジュの願い――彼女の右腕を切り落としたにっくき仇をぶっ倒すこと――を叶えることができる。そして早くアンジュの心が晴れやかになって欲しい。そう思っていた。


 アンジュはヴァルクほどではないが、自分の体と同じくらいのリュックサックを背負い、そしてマリカを自分の胸元に詰め込んで、電動バイクを走らせた。



 それと時間を同じくして。



 ニューエイジのアジトからはるか北へ約三百キロメートル。

 廃墟となったビルが立ち並ぶその場所をアジトにする集団があった。超極悪非道集団「新世界」である。


 その新世界の王「ビリー」。彼は薬などに頼らずに筋肉を育んできた、スキンヘッドにカイゼル髭が特徴的なナチュラルマッチョである。しかしマッチョでありながらも性格は残虐非道で、自分の思い通りにならないことはないと考えている。俗に言うというやつである。


 彼はアジトの一番高いビルの最上階にある自分の部屋で巨大な椅子に腰掛け、タバコをふかしていた。


「ビリー様。ニューエイジの王エイジが死亡したとのことです」


 部下の一人が部屋に入ってきて、片膝をついて報告した。ビリーはそれを聞いて、少しだけ眉間にシワを寄せて、口から煙を吐き出した。


「エイジなんて小物、どうでもいいんだが……一応聞いといてやろう。死因は?」

「謎の少女と交戦し、薬を過剰摂取したためと報告を受けています」


「謎の少女……女ごときにやられるなんぞ、エイジも地に落ちたものよ」

「その少女の写真もこちらに」


 部下が胸元から写真を一枚取り出し、前に差し出した。


 ビリーはタバコを一口吸うと椅子から立ち上がり、部下の目の前にやってくる。部下もそれなりに身長がある成人男性である。しかしビリーが目の前に立つと、片膝をついているとはいえあまりの身長差に見上げるしかなかった。ナチュラルマッチョでこの巨体。しかもワガママッチョ。そこにいるだけで恐怖を感じるのだ。


 緊張した面持ちの部下に対して、ビリーはタバコの煙を吹き付けた。「ゴホゴホッ」部下は思わず咳をして、そのあとハッと口を押さえた。彼の前では咳はご法度なのだ。


「おまえぇ、俺の煙が吸えないと言うのかァ!」

「いえ、そんなことは――なばっ!」


 部下が言い終える前に、ビリーは平手打ちで部下の右頬を叩いた。彼の顔はボールのように吹き飛び、部屋の向こうの壁に当たって跳ね返った。ちぎれた首からは血が吹き出し、頭を失った体は前のめりに倒れた。


「おい、ケイン! この死体を片付けろ!」


 ビリーがそう叫ぶと、部屋の奥から一人の女性が姿を現した。ケインと呼ばれた彼女は、「はぁ、またですか……」と一つ息を吐いて、床に転がった部下の頭を掴むと、バスケットボールをシュートする要領でゴミ箱へ投げ入れた。


「ははは、相変わらずナイスシュートだ! 外してたらお前も殺すとこだった!」


 ビリーはシュートが入ったことで機嫌が良くなり、ガハハ! と笑った。そして自身の目の前にある頭のない死体の足を掴むと、窓を開けて外へ放り投げた。


「食べていいぞ、犬ころども!」


 数十メートルの階下にはこれまたマッチョな番犬が何匹もうろうろしていて、死体が落ちてくると嬉しそうにむさぼりついた。


 そんな様子がいつものことだと表情も変えることもせず、ケインはビリーの足元に落ちている一枚の写真を拾い上げた。先ほど部下が取り出したエイジと戦った少女の写真だった。


「あら、こんな可愛い子がエイジを倒したと言うの? しかもこの子、片腕がないじゃない」


 ――片腕がない。その言葉にビリーがピクリと反応して、ケインの持つ写真を上から覗き込んだ。


「ほぉ……こいつは!」

「知ってるの?」


 ケインがビリーの方を向いて尋ねる。ビリーはケインの持っていた写真を取り上げると、懐かしそうに眺めた。


「昔こいつの腕を俺が切り落とした。まさかまだ生きていたとはな……はっはっは」



 ビリーは一笑いした後、ケインに言った。



「ケイン! 確か今、がうちに来てるだろ! 奴をここへ連れてこい!」


 はぁ、とケインはまた息を一つ吐いて、部屋を後にした。


 ケインはビリーの妻である。

 口が悪いのには慣れていて、先ほどの「お前も殺すとこだった!」が本気ではないことはわかっていた。しかし、一度機嫌が悪くなると手がつけられなくなるのは事実であり、たった一度の失言で殺されてしまった部下も少なくはない。


 それでも彼女や他の部下たちが離れずについていくのは、「新世界」が最強の集団であり、ビリーの機嫌さえ損ねさせなければ、荒廃した世界の中で一番贅沢な暮らしができるからだ。

 欲しいものは奪えばいい、ビリーは圧倒的な力で近隣の集落を支配下に置いた。食料も女も、奴隷も、施設も、何もかも強奪して勢力を拡大させ続けてきた。


 「ダン・ガン」「THREE BIRDS」「ニューエイジ」といった他の勢力はいつでも潰せると、ビリーは相手にすらしていなかった。部下たちの報告から王の名前ぐらいは知っていたが、遠く離れた地でイキっている小さな集団。彼にとってはそのくらいの認識でしかなかった。





「おい、最近できた新しい集団、アンジェルズって知ってるか?」

「アンジェルズ?」

「なんでも、ニューエイジが崩壊して新しい集団になったらしいんだよ」

「へぇ、王が交代したってことか?」

「そう。しかも、新しい王はアンジュっていう女の子らしい」

「アンジュ? だからアンジェルズっていうのか。安直にも程があるな」

「だな、ニューエイジと同じだよ」

「はは、確かに!」


 ビルの外では、串焼き肉を食べながら部下たちが談笑していた。この世界で最強の超極悪非道集団「新世界」に歯向かうものなどいないので、アジト内では好き勝手過ごしているのだ。もちろん、生活するための雑用は奴隷たちに任せて。


「あなたたち、ヴァルク野村の姿を見た? 彼を連れてきてほしいんだけど。ビリーが呼んでるの」


 ケインはくだらない世間話をしている部下たちに声をかけた。


「はっ、直ちに呼んで参ります!」部下たちはケインの姿を確認すると、串焼き肉を投げ捨て、直立不動で敬礼をした。そして回れ右をすると、嫌な顔一つすることなく急いで駆けて行った。


 ビリーの妻というだけで、部下は自分の言うことをなんでも聞く。ケインにはその光景がたまらなく快感であり、それが妻であり続ける理由の一つだった。






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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 四大集団の最後である「新世界」編はじまりました。

 新世界といえば大阪、ビリケン様。見たことないんですけど。そこから「ビリー」と「ケイン」の名前をつけました。安直です。

 さて、今回はヴァルク野村も物語にいろいろと絡んできます。彼のことを少し掘り下げておかないと、「ただのゲストマッチョ」枠で終わってしまうなという心配があったためです。主人公を喰わない程度に活躍するはずですので、お楽しみに。


 毎年この時期は仕事が忙しくなるので、更新間隔が空いてしまうかもしれませんが、末長くお付き合いいただけると幸いです。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、またお気軽に応援コメントをいただけると嬉しいです。一言でも大歓迎でございます、お待ちしております!

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