第37話「筋肉に憧れ、筋肉を求め、筋肉に溺れた男の結末がこれだなんて……儚いわね」

 筋肉の量が多くなると、それだけ消費するエネルギーも膨大なものになる。100%中の100%にもなると、それは相当な量になると推測される。薬物で筋肉を増大させたからといって、もちろんエネルギーを消費しないというわけではない。


 アンジュの弾丸以上の速さと威力を誇るロケットパンチを両手で、いや体全体で受け止めているエイジの筋肉にはかなりの負荷がかかっていた。両足は地面にめり込み、腕の筋肉に血管が気持ち悪いほどに浮き上がってくる。ロケットパンチを受けとめ、体を支えるために、太ももも背中の筋肉もブルブルと震えている。


「うそ? アンジュのパンチを受け止めるの?」

「大丈夫、そのまま押し切る!」


 マリカもアンジュも、軽々と一撃で筋肉お化けの体を貫くはず算段だったのだ。まさかロケットパンチが受け止められるとは想定外だった。とはいえ、相手は生身の人間。いずれ力の限界が来るはず。そう思っていた。


「うがああああぁっ!」


 エイジが叫ぶと、彼の体がまた一段と大きくなる。100%以上の力を出そうと、筋肉がこれでもかと膨れ上がる。その姿はもう人間と呼べたものではなかった。筋肉だけが以上に発達した、正真正銘筋肉お化けとなってしまったのである。


「うそ……」

「……そんな」


 アンジュもマリカも言葉を失ってしまった。エイジの両手の中で、ロケットパンチの勢いはだんだんと弱まり、力なくポトリと地面に落ちてしまったのだ。結局、筋肉お化けの体を貫くことはできず、最後はエネルギー切れという結末を迎えてしまった。


「ふふっ……筋肉の……勝ちだ!」


 一方、ロケットパンチを見事受け止めたエイジは、軽い笑みをこぼした後、ゆっくりと膝から地面に崩れ落ちた。そして立て膝の姿勢で止まり、動かなくなった。彼もまた、瞬間的に全身の筋肉をフル稼働させたことにより、エネルギー切れを起こしていたのだった。


 そして、G-M2NRゴリマッチョにな〜るによって元々細く弱かった体を無理やり肥大化させた――しかも一度に五錠も服用したことによる反動がやってきた。風船の空気が抜けていくように、だんだんとエイジの筋肉が小さくなっていく。アンジュとマリカはその様子をただただじっと見ていることしかできなかった。エイジの真下に落ちているロケットパンチの回収もしなければいけないのだが、万が一、彼が動き出すかもしれないと思うと、うかつに行動することができなかったのだった。



 やがてエイジはG-M2NRを服用する前よりももっと体が細くなり、骨と皮だけの状態になった。最後に頭がガクンと垂れ下がり、彼の命はそこで尽きた。



「エイジ……恐ろしい相手だったわね」絶対の自信を持っていたロケットパンチを受け止められ、いまだショックを隠しきれないアンジュがそう言った。


「筋肉に憧れ、筋肉を求め、筋肉に溺れた男の結末がこれだなんて……儚いわね」


 マリカがかっこつけたセリフを言うが、もちろんアンジュは「そうね」くらいしか返事をしない。もうちょっと何か反応してくれてもいいじゃない! と不満そうなマリカだったが、エイジが息絶えたことを確認すると彼の近くへ走っていって、そこに落ちていたアンジュの右腕――ロケットパンチを回収した。


「これでニューエイジも終わりね。リコは天国で見てくれてたかな」


 マリカはそんなことを話しながら、アンジュの右腕にロケットパンチを装着させる。するといつもと同じように切断面が全く分からないほどぴたっとくっついた。アンジュは右手を開いたり閉じたりして、異常がないことを確かめる。


「ええ、きっと見てくれてるわ」

 アンジュは青く澄んだ空を見上げた。



 ◇



 ニューエイジにいたマッチョたちはマリカが作り出したM2NR-iマッチョにならな〜いによって、全員元の姿――普通の人間に戻った。残された唯一のマッチョだった椅子マッチョも自らM2NR-iを求めたのだった。エイジの最後を見て、自分もこうなってしまうのではないかと恐怖を感じたのかもしれない。


「私たちはここでもう一度、新しくやり直していきます」


 ニューエイジのアジト、正門前。


 出ていこうとするアンジュとマリカ、そしてヴァルクを、元椅子マッチョが住民を代表して見送りに来てくれた。


「ええ、それがいいわ」とアンジュ。

「いい? 筋肉は一日にしてならずよ!」全く筋肉を持たないマリカが偉そうに講釈を垂れる。

「これからも定期的に来させてもらうよ。これからいろいろと必要なものもあるだろう」ヴァルクも巨大な荷物を抱えながら言った。


「ありがとうございます」元椅子マッチョは深く頭を下げた。アンジュたち三人は手を振って、アジトを後にした。



 ◇



 ヴァルクは「俺はもう少しこの辺に用があるんだ」と早々にふたりとは反対方向へと歩いていってしまった。アンジュとマリカはすこし残念がったが、彼の巨大な荷物が見えなくなるまで見送ると、電動バイクを走らせた。


 すっかり運転時の特等席となってしまったアンジュの胸元に潜り込んで、マリカがしゃべる。


「薬を五錠飲んだからとはいえ、アンジュのロケットパンチが受け止められるなんて、あたしのプライドが許さないわ! 自宅に戻ったらもっと強化するから!」


「そうね、未だ科学者も見つからずじまいだもんね」


「アンジュの仇の王もまだ見つかっていないわ!」

「ええ」


「でもさ、『ダン・ガン』、『THREE BIRDS』、『ニューエイジ』と、どの王もアンジュの因縁の相手じゃなかったんでしょ。だったらもう『新世界』の王で決まりじゃないの?」


「……確かに。じゃあ、次に行くところは『新世界』ね」


「よっしゃ、そうと決まれば早速帰るわよ! アンジュ、日が暮れちゃう! 飛ばして飛ばして!」



 荒廃した世界を、一台の電動バイクが走っていく。だんだんと太陽が地平線へと近づき、世界が赤く染まっていく。二人を乗せたバイクの影がだんだんと長く伸びていった。






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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 違法筋肉集団ニューエイジ編、これにて完結です。もともとはケンジとリコの仇討ちという目的だったのですが、いつの間にか筋肉の薬を製造したり、アンジュルズを結成したり、筋肉バトルが始まったりして、何がなんだかわかんなくなっちゃいました。いつもの悪い筋肉クセです。

 次はいよいよ四大集団の最後、「新世界」編です。クライマッスルに向けて物語が大きく動き出す……のか、相変わらずの筋肉まみれなのか……ご期待ください。(そして、誰かクライマックスをクライマッスルと書いたことに気づいてくれる人がいることを信じて)

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、またお気軽に応援コメントをいただけると嬉しいです。一言でも大歓迎でございます、お待ちしております!

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