第29話「新薬G-M2NR、ヤバすぎるんですけど!」

 マリカはマッチョたちの目を盗んで、建物の中に侵入していた。ヴァルクがたくさんの商品を並べていたので、マッチョたちの視線は全てそちらに集中していたのだった。


「うわ……本当にここはもともと学校だったんじゃん」


 建物の中は真っ直ぐな廊下が伸びていて、いかにも学校だと言わんばかりに部屋の入り口には「何年何組」といった表札がついていた。マリカはバレないように慎重に周りを確認しながら、建物の奥へと進んでいく。途中、二階へと続く階段もあったが、とりあえずは一階の探索から! とそこを通り過ぎる。すると、少し先の教室からザワザワと騒がしい声が聞こえてきた。おそらくあれはマッチョたちの声に違いない。マリカは物陰に隠れて、姿を見られないようにして「理科室」と表札のかかったその教室に近づく。


「なに……ここは」


 マリカがこっそりと覗いたその部屋の中には、たくさんの実験器具が並んでいた。THREE BIRDSの近未来的な研究室とは天と地ほどの差はあれど、並べられた試験管の中では何か怪しげな液体がコポコポと音を立て、部屋の隅に置いてあった冷蔵庫ほどの大きさの古びた機械からは白くて小さな薬剤が製造されていた。


「ムググググ!」

「おい、暴れるな!」


 そして、部屋の反対側にはマッチョが四人。そのうちの一人は猿轡さるぐつわをかまされ、身動きができないように両手両足を椅子に縛り付けられて座っていた。残り三人のマッチョはその椅子マッチョを監視している様子だった。


「さて……新作だ。うまくいけば最強のゴリマッチョが誕生するぞ!」


 理科室の奥で一人の男がそう言った。黒髪の長髪で、白衣を着た痩せ細った男――ニューエイジの王「エイジ」である。これまで椅子マッチョと監視マッチョの影に隠れて見えなかったが、彼が一粒の白い薬を持って、椅子マッチョのもとへと近づいた。


 ――もしかして、あれがM2NR? っていうか、ここってマッチョ以外は入れないんじゃなかったの? 誰、あのガリガリ君は?


 マリカは理科室の中の様子を見て、なんとなく何をしているのかは見当がついた。ここは小さな研究室。そしてM2NRの製造所。彼女は偶然、ニューエイジの心臓部ともいえる場所へたどり着いたのであった。


「エイジ様、準備はいつでもできております」


 監視マッチョの一人がそう言うと、椅子マッチョの猿轡さるぐつわを外した。すると、

「クスリィ! クスリをくれ!」とガタガタと椅子を震わせながら暴れ出した。慌てて二人の監視マッチョが、椅子マッチョを押さえつける。


「エイジ様、以前M2NRを飲んだ奴ら……こういう禁断症状が止まらなくなっているんです」


「うむ……当時作成した材料の中に不純物が混じっていたのかもしれないな」

 黒い長髪をファサッと書き上げて、エイジは言った。



 ――あの男がニューエイジの王、エイジなのね! なんかイメージと違う。全然マッチョじゃないじゃん!



 マリカが動揺しながらも、バレないように聞き耳を立てる。そして、何を思ったのか部屋の中にいるマッチョたちの目を盗んで、理科室の中にさっと入り込んだ。エイジやマッチョたちの死角になる位置に隠れて、先ほどまでと比べてより近い位置で様子を伺う。


「だが、今回のは大丈夫だ。改良を重ねたGゴリ-M2NRマッチョにな〜るという新薬を開発した」


 エイジはそう言いながら、三人の監視マッチョに押さえつけられている椅子マッチョの口を開き、その中に白い錠剤を入れた。椅子マッチョはゴクリと錠剤を飲み込むと、すぐにビクン! と体を震わせた。そして



「オッ、オッ、ウオオオオオオオ!」



 目を見開き、大声で叫ぶと、筋肉が見る見るうちに巨大化パンプアップしていった。もともとかなりのマッチョだった椅子マッチョは、その体をひと回り、いや二回り以上も太く大きく変化させた。そして、縛られていた両手両足のかせを力任せに外して立ち上がった。


「むっ、いかん! 押さえつけろ!」

「ぐっ!」


 エイジが監視マッチョに指示する前に、椅子マッチョが彼らを筋肉の圧マッチョ・オーラだけで弾き飛ばした。しかし監視マッチョもさすがマッチョである。壁に叩きつけられることはなく、その場でなんとか踏ん張って耐えたのだった。


「エイジ様、心配は無用です。薬のおかげで私も正常な思考が働くようになりました……マッチョ・バンザイ」


 なんと、先ほどまで薬を求めて発狂していた椅子マッチョが、G-M2NRゴリマッチョにな〜るを飲んだおかげで理性的な話し方に変わってしまったのだ。しかも顔つきも穏やかで、それでいて体は他の誰よりもマッチョというアンバランスさが、エイジには大変受けが良かったようだった。


――やば。新薬G-M2NRゴリマッチョにな〜るヤバすぎるんですけど!


「はっはっは! ついに私の研究も完成を迎えたようだ! お前たち!」

 椅子マッチョが正常に戻ったことを喜び、エイジが監視マッチョたちに言った。


「はっ!」

 監視マッチョが膝をつき、エイジの方へ向き直る。


「このG-M2NRを直ちに、副作用で苦しんでいるマッチョたちに投与するのだ。私の理論が正しければ、顔が変形してしまった旧型のM2NRを飲んだ者たちにも効果を発揮するはずだ」


「はっ! 仰せのままに!」

「私は数時間ほどここを離れる。薬の製造は続けておくから、私が戻ってくるまでにできるだけ多くのマッチョに飲ませるように」


 エイジからG-M2NRの錠剤投与を託された監視マッチョは、椅子マッチョを連れて理科室から出ていった。それを見送った後、エイジは部屋の隅にある古びた機械を操作し、G-M2NRの増産を行い始めた。



 ――ええっと……もしかして、エイジってイカれたマッチョを元に戻そうとしているいい人なの? 


 マリカはふとそんなことを思ったが、ブンブンと顔を横に振った。


 ――んなわけないじゃない! THREE BIRDSはこいつのせいで壊滅したんだから! こいつは悪者! でも、またしてもアンジュの仇ではなさそう!


 マリカが足下に目をやると、白い錠剤が落ちていることに気がついた。先ほど椅子マッチョが筋肉の圧で監視マッチョたちを弾き飛ばした際に、エイジの持っていたG-M2NRが一錠、床に落ちてしまったのだった。こっそりと彼女は白い錠剤を手にした。


 ――ぬいぐるみのあたしでも、これを飲んだらあんな風にマッチョになるのかしら……?


 マリカは自分の体が巨大化し、マッチョになった姿――かわいいくまのぬいぐるみが、リアルな熊のレプリカのようになった――を想像して、身震いした。


 ――ぜっっってぇ、飲まない!


 続いて、アンジュがG-M2NR を飲んだ姿を想像してみた。アジトに侵入する前、ヴァルク野村が商品として持っていたマッチョの着ぐるみのような体になったアンジュ。赤くて長い髪を靡かせた美少女が、首から下はゴリマッチョ。


 ――面白そうだけど、本人が嫌がるもんね。だめだめ、アンジュにもこんなの飲ませられないわ。


 ――ヴァルクは……多分彼はこんなのに頼らずに「筋肉とは自分の力で作り上げるものであり自分自身との対話なのだ!」とか言いそうだから、薬自体を見せないほうがいいわね!


 マリカが頭の中でそんな妄想を繰り広げていると、いつの間にかエイジは部屋を出ていったようだった。誰もいない部屋に、薬を製造する機械の動く音だけが響いていた。

「ふふふ、マリカちゃん、とってもいい作戦を思いつきました!」

 元理科室の部屋の中で一人、マリカは不敵な笑みをこぼした。





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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 椅子マッチョに監視マッチョ、この回は「マッチョ」という単語が出てきすぎて、マッチョのゲシュタルト崩壊が起きてしまったかもしれません。謹んでお詫び申し上げます。第4章「ニューエイジ編」は、しばらくずっとマッチョまみれなので、どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。

(できるだけ、マッチョで不快な描写はないように気を付けます!)

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

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