第28話「じゃあマッチョスーツ、着る?」

 ニューエイジのアジトは、もともとは学校か何かだったのだろう。周囲を塀で囲まれて、正門をくぐると大きな土のグラウンドがある。そしてその奥に三階建ての横に長い建物が、戦争でその形を若干崩しながらではあるが、建っていた。

 そんなニューエイジのアジトに、巨大な荷物を持った行商人ヴァルク野村がやってきた。彼はいつもと同じようにパワースーツを着用し、自身の十数倍の大きさの、そして数十倍の重さの荷物を運んでいた。


「おっ、ヴァルク! 久しぶりじゃないか。元気にしてたか?」

 ニューエイジの門番が嬉しそうにヴァルクに話しかける。


「おかげさまで。あんたも元気そうだな! しっかり筋肉が発達している」

「へっへっへ! ヴァルクに褒められると、なんか格別だな」


 そんな何気ない会話を交わしていると、みるみるうちにヴァルクの到着を心待ちにしていたマッチョたちが門の外へと顔を出した。


「ヴァルク! プロテイン売ってくれ!」

「ヴァルク! いいトレーニンググッズはないか?」


 アジトの中にいても、巨大な荷物が歩いてくるのはよく見える。次々とマッチョたちが現れてはヴァルクを取り囲む。


「おいおい! 歓迎してくれるのはありがたいが、これじゃ中へ入れないよ!」

 ヴァルクが勘弁してくれ! と両手を広げて困った顔をする。アジトの門の前が、マッチョで溢れかえっていた。



 ――でも、ニューエイジのマッチョたち……みんな鉄仮面をつけていないわね。それに顔も普通だし……。

 ――どういうこと?

 ――THREE BIRDSに攻めてきたマッチョたちはみんな、M2NRで強制的にマッチョになった人たちだったの。そのマッチョたちって、顔が変形していてたのよ。それを隠すために、鉄仮面を被っていたの。

 ――じゃあ、ここにいるマッチョたちは……?

 ――純粋ナチュラルマッチョなんでしょうね。違法マッチョは別の場所にいるのかも。



 アンジュとマリカがこそこそと話をしている。


 そう、二人はヴァルクの巨大な荷物の中に紛れて潜入しようとしていたのである。アンジュはに隠れて。マリカはぬいぐるみのふりをして。


 しばらくすると、ヴァルクとマッチョたちの談笑も終わり、荷物がぐぐっと動き出した。「おっとっとっと!」とマリカがバランスを崩しそうになるが、アンジュが入っているものにしがみ付いてなんとか耐える。



 ――ありがとアンジュ。助かったわ!

 ――それ、私じゃないし。っていうかやっぱり納得いかないわ。どうして私がこんなものの中に入らないといけないわけ?

 ――じゃあマッチョスーツ、着る?

 ――……。

 ――でしょ、だったらそれくらい我慢しなきゃ!

 ――ぐっ、マリカにそんなことを言われるなんて……。



 誰にも聞こえないくらいの声でそんな会話を交わしながら、二人はヴァルクに運ばれてニューエイジのアジトへと入っていった。



 ◇



 正門をくぐると、そこは広いグラウンドになっていて、多くの純粋ナチュラルマッチョたちが戦闘訓練をしたり、トレーニングをしたりしていた。ここにもやはり、鉄仮面を被った違法マッチョたちの姿はなかった。



 ――おかしいなぁ。ニューエイジといえば鉄仮面マッチョっていうイメージだったのに……。

 ――もしかしたら、あの建物の中にいるのかもしれないわよ。



 マリカがアジトの中をあちこち観察する。アンジュも身動きの取れない状態でありながらも、目だけはきょろきょろと動かして周囲の様子を眺めていた。


「よいしょっと!」


 しばらく歩いていたヴァルクは広いグラウンドの隅に荷物を下ろし、その中からいくつかの商品を取り出して地面に並べ始めた。どうやらこの一角を使って商売をするようだ。その姿を確認した純粋ナチュラルマッチョたちは、剣や銃、鉄アレイや食料品など……いろんな戦利品を持ってヴァルクの周りに集まり始めた。


 基本ヴァルクとの商売は物々交換である。戦争により全てが失われたこの時代に、貨幣は全く価値を持たなくなった。硬貨は金属でできているため若干の需要はあった(といっても、貨幣的な価値としてではなく材料として)ものの、札束は紙切れ同然だった。それよりも食料や燃料といったもののほうが貴重であり、それらを奪い合う紛争が各地で起きていたのである。


「ヴァルク! この鉄パイプとプロテインを交換してくれよ!」

「鉄パイプ? そうだな……3本あれば、プロテイン1袋と交換するぞ!」

「まじかよ……2本にまけてくれよ!」


 当然ではあるが、商売に関してはヴァルクが主導権を握っている。彼は貴重な行商人であり、普通の人間が持ち歩くことはできないほどの商品を抱えている。

「欲しいものは大抵ヴァルクが持っている」そう言われているくらいである。そして、ニューエイジのマッチョたちよりもはるかにでかい筋肉を持つヴァルクに対して、力でねじ伏せようだとか、戦って荷物を奪おうなんて考えるものは誰一人としていなかった。それはもちろん、ヴァルクが恐ろしく強いということを知っているからでもあり、また「めっちゃイイやつ」だからというのもあるのかもしれない。


「ヴァルク! 俺に鉄仮面をくれよ、戦闘用のかっこいいやつ!」

「鉄仮面……あったっけなぁ……ちょっと待ってな!」


 他の客の呼びかけに応じて、ヴァルクが下ろした巨大な荷物の中に手を伸ばす。ガサゴソと物色しながら、わざとマリカをつかんで、ごく自然な流れで地面の上に下ろした。そしてニューエイジのマッチョたちに気づかれないように、一瞬だけマリカの方に視線を向け、「行くなら今だぜ!」と合図を送った。


 ビュウ、と一陣の風が吹く。


 それに合わせてマリカが風に飛ばされるふりをして、トテテテテ……と転がっていき、すっと建物の中に姿を消した。



 ――マリカ……気をつけて……。



 アンジュがに隠れながら、そう祈った。ヴァルクはしばらくの間グラウンドの隅でニューエイジのマッチョたちと商売を行なっていたが、ひと段落つくと巨大な荷物の中から一際目立つ銅像を取り出した。


「ヴァルク! なんだよそれは? えらいマッチョな銅像じゃないか! ま、まさか……!」

「ああ、これは建物の玄関に飾るからって注文を受けていたんだ。何でも『マチョダ』っていう、物語に出てくる有名なマッチョのものらしいぜ!」

「やっぱり! マチョダだと思った!」


 マチョダという人物をモチーフにしたその銅像は、当然ながら筋肉ムキムキでダブルバイセップス・フロントという、両腕を曲げて肩の高さまでもち上げたポーズをとっていた。上半身は裸で、その筋肉を見せつけんとばかりに凹凸おうとつがはっきりしている。下半身はデニムのショートパンツからはみ出る大腿筋だいたいきんがたくましい。実在する人物ではないからと、製作者がこれでもかと筋肉を強調した結果がこれである。


「すごい……まさかマチョダの像が実在しただなんて……!」


 ヴァルクの周りにいた純粋ナチュラルマッチョたちはこの銅像を、まるで神でも見るかのような目で、敬愛の念を込めて見つめていた。


 その銅像の中にアンジュが隠れていて「何言ってるの、このマッチョたちは」と呆れていた。






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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 いよいよニューエイジのアジトへと侵入したアンジュとマリカ。

 アンジュったら、マッチョスーツは着なかったけど結局マッチョの中に入ってるんかい! というツッコミ、ぜひお待ちしております。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

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