違法筋肉集団「ニューエイジ」

第25話「あたし、ニューエイジの奴ら、許せない」

 突然局地的な地震が発生し、一つの山が崩れた。


 核戦争後の世界において、それは些細な出来事だった。戦争を生き延びたごくわずかな人々にとっては、生活圏外で起きた出来事に関しては知る方法がないし、知ったところでどうすることもない。だから、本当は地震ではなく、その山の地下にあった研究所が爆発して起きたものであるということや、その中で多くの兵士や研究者たちが亡くなったことを当然知らない。知っているのは、逃げ延びたアンジュとマリカ、そして「ニューエイジ」の上層部の者だけであった。


「……」


 太陽光で発電するように改造されたバイクが、静かに荒野を走る。


 乗っているのはもちろん、アンジュとマリカである。アンジュは赤い髪をたなびかせながら真っ直ぐに前を見て、ハンドルを握っている。その手に普段よりも少し力が入っているのはおそらく本人も気付いていない。マリカはヘルメットを被り、アンジュの胸の中に入り込んで同じく前を見つめている。二人とも言葉を交わすことなく、無言であった。アイスクリームの縁で知り合った近未来科学集団「THREE BIRDS」のケンジとリコ。二人との永遠の別れに、アンジュもマリカも少なからずショックを隠せない様子だった。


 それでも、しばらく走っていると、マリカが口を開いた。

「ねぇアンジュ」

「……何かしら?」


「あたし、ニューエイジの奴ら、許せない」

「ええ」


「勝手に研究所に入ってきてさ、ケンジを……うっ、ケンジを……」

 涙を流すことはできないが泣いてしまって言葉にならないマリカを、アンジュが運転中ではあるが右手で優しく撫でる。


「それにさ……リコまで……許せないよ」

「そうね」


 ふとアンジュの脳裏にリコの最後の言葉が蘇る。「……一つだけお願いがあるの。ケンジの仇を――ニューエイジをぶっ潰して。あなたのロケットパンチならそれができるわ」別に、あのわずかながらの時間を一緒に過ごしただけで、仲良くなったとも思っていない。それでも、あのときアンジュは確かにうなづいたのだ。


「私も……ケンジとリコの仇をとらないと、と思っているわ」

「……アンジュ!」


「でも、ニューエイジのアジトがどこにあるのか見当もつかないわ」

「大丈夫! あたしがTHREE BIRDSの研究所でニューエイジのアジトのデータをゲットしているわ」


 アンジュの言葉に、思わずマリカの声のトーンが上がる。


「じゃあ、一旦家に戻って準備を整えましょうか。マリカの体も洗わないと埃で汚れているわ」

「アンジュもね!」


 二人はほんの少しだけ元気を取り戻した。バイクは静かに荒野を突き進む。



 ◇



 一方こちらはアンジュとマリカのいる場所とは遠く離れた、とある廃墟の一角。そこにはどうやって明日を生きていけば良いかわからない人々が、身を寄せ合って細々と暮らしていた。


 食料をため込んでいるわけでもなく、だからといって自分たちで栽培しているわけでもなく。人々は痩せ細り、ただただ死を待っているかのようだった。


「ああ……おなかすいた……」


 一人の少年がふらふらと道を歩いている。手には指と同じくらい細い芋づるを持っていた。それを食べずに持ち歩いているのは、帰りを待つ小さい兄弟でもいるからなのだろうか。少年は目もうつろで今にも倒れそうだった。


「っと」


 少年が気を失い倒れかけたところを、一人の青年が抱きかかえた。黒髪の長髪で白衣を着ている男性だった。マッチョ……ではなく、白衣の下の体は薄く、彼も少年と同等とまではいかないが、痩せ細っていた。


「大丈夫かい、さあこれを飲むといい。元気が出る」


 青年は少年の口の中に白い丸薬を入れ、水筒に入っている水を飲ませた。久しぶりに味わう水の感覚に、少年は思わず目を開けて、一心不乱に水筒をつかんで中身を一気に流し込んだ。


「あ、ありがとうお兄さん! でもどうしてオイラなんかを……?」

 嬉しさと同時に不思議そうに、少年が青年に尋ねた。


「困っている人を救いたい……それがだれであろうとね」

 そう言って、青年はたくさんの白い薬の入ったケースを取り出して見せた。


「その……オイラにくれた丸い薬……弟たちにも飲ませてやりたいんだけど……だめかな?」


 青年は首を横に振る。


「ダメなものか。できればすぐに弟たちの居場所へ案内してくれ。薬ならたくさんある!」

「ほんと? よかった! オイラたちみんな三日ほど飲まず食わずなんだ、お兄さんがきてくれたら喜ぶよ、きっと」


 こうして黒髪の青年は、少年に連れられて彼らの住処すみかへと急いだ。その様子を遠くから眺めていた者たち、噂を聞きつけた人たちが次々と青年の後を追って行った。



 ◇



「うわっ、体が! 体が熱い!」

「腕が! 腕が太くなってきたよ!」

「マッチョに! マッチョになっテイクゥ!」

「フオオオオオオッ!」


 薬を飲んだ者たちの体がどんどんマッチョになっていく。と同時に顔も大きく腫れ上がり、髪の毛は抜け落ちて、だんだんと人外の姿になっていく、それを黒髪の青年は嬉しそうに見つめていた。薬を飲んで違法マッチョになった少年は、青年よりも大きくなった体で彼を見下ろしながら叫んだ。


「ちくしょう! 騙しタナァ!」

「騙してなどいないさ。この世界を生き抜くためには筋肉は必要だろう? 私はそれを無償で提供しているだけさ!」


 違法マッチョと化した人々に対して、黒髪の青年はニヤリと笑いかけた。


「ちくしょう! こんな姿になるくらいなら死んだ方がマ……マ、マッチョ・バンザーイ!」

「マッチョ・バンザーイ!」

「マッチョ・マッチョ・マッチョ!」


 ははは、ようやく薬が効いてきたみたいだ! と黒髪の青年は喜んだ。そう、彼が提供した薬はあのM2NRマッチョにな〜る。人々の筋肉を爆発的に発達させ、脳までも筋肉化し、薬なし、筋肉なしではいられなくする魔法の薬なのである。


「さて、マッチョたちよ。私の名はエイジ。違法筋肉集団ニューエイジの王である! 薬が欲しければ私についてこい!」


「ニューエイジ! エイジサマ!」

「マッチョ・クスリ・ノミタイ!」


 白衣をひるがえし、黒髪の青年が歩き出すと、全ての違法マッチョたちが「マッチョマッチョ」と言いながら、彼の後を追った。そう、この青年こそが違法筋肉集団「ニューエイジ」の王、エイジその人であった。






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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 新章開幕です。今度は違法筋肉集団「ニューエイジ」との戦いとなります。相変わらずふざけたネーミングですが、内容はマッチョマッチョ、またマッチョ……とこれまで以上に濃い内容になるはずです。といっても、結局ロケットパンチどかーん! なんでしょうけど、まあお付き合いいただけますと幸いです。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

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