第23話「リコ! ケンジの仇を取りに行かなきゃ!」

 ドチャッ、ボキッ、グチャッ!


 例えるなら肉を思いっきり床に叩きつけるような、そんな音がしばらく続いた。突然のことにマリカは思わず目を瞑り、そして静かになってからゆっくりと目を開けると――。


 筋肉の壁となっていた違法マッチョたちがいつの間にかいなくなり、視界が開けていた。「え?」きょろきょろと辺りを見回すと、ボスオネェマッチョの近くにマッチョ・ウォールだった違法マッチョたちが、上半身と下半身が別々になった状態で倒れていた。彼らの周りは自分たちの血で真っ赤に染まっており、当然ながら、全員息をしていなかった。


「!」


 マリカには何が起こったのか、すぐにわかった。そして叫ぶ。


「アンジュ!」


 通路の奥から、右腕を真っ直ぐに伸ばした赤い髪の少女――アンジュがこちらに向かって歩いてくるのだった。マリカは彼女の方へ走り、ジャンプして腕の中に収まった。現在右肘から先がないアンジュだったが、上手にマリカを抱きしめる。



「ごめんなさい、遅くなって」



 そう言ってマリカの頭を優しく撫でながら、アンジュは何が起きたのか周囲の様子を確認する。


 ――さっきの変なマッチョどもは一掃。親玉はどこ?

 死屍累々の違法マッチョたちから、アンジュの目線が隣で震えているボスオネェマッチョへと移る。


 ――何、あの悪趣味なピンクマッチョは……? あいつが親玉に違いないわね。

 次にアンジュは何かに覆いかぶさっているリコの姿を見つけた。


 ――リコは……泣いている。倒れているのは……ケンジ? 彼があのピンクマッチョにやられた……と考えるのが妥当かしら。


 なんとなく現状は理解できた。あとはあのボスオネェマッチョを倒すだけ。アンジュはマリカを抱きしめながら真っ直ぐに、バラの模様が入ったピンク色のタンクトップにピンク色のスパッツを履いているボスオネェマッチョを見つめた。


「へぇ。やるじゃない、あなた。私のかわいい部下マッチョたちをこんなにしてくれて……」


 ボスオネェマッチョは強気だった。確かに、彼の足元で倒れている違法マッチョたちと比べても明らかに体つきが違う。アンジュの腕に抱かれながら、マリカは――さすがのアンジュでも一筋縄にはいかないだろうな、と感じていた。


「残念だけど、あなたに勝ち目はないわ。大人しく帰りなさい」


 アンジュが感情のこもっていない声をかける。するとボスオネェマッチョは、未だにケンジの亡骸にうずくまって泣いているリコの髪の毛を左手でつかみ、持ち上げた。そして、アンジュとマリカの方に向かって見せた。


「勝ち目がない? そりゃこっちのセリフよ! THREE BIRDSは今日ここで壊滅するのよッ! 一歩でもそこから動いてみなさい、この女の命は……」


 シュン! と風切り音がした。


 ドスッ! とボスオネェマッチョの左腕とリコが地面に落ちた。


 ガチャリ! とアンジュの右腕にロケットパンチが戻ってきて、接続された。


 一瞬の出来事に、ボスオネェマッチョは何が起こったかわからなかった。しかし自分の左腕と人質にしたはずの女が地面に落ち、自分の左肩に激痛を感じると「うぎゃあああぁぁっ!」と叫び、吹き出す血を止めようと、右腕で切断面を押さえた。

 

 違法マッチョを粉砕した後、念のために後方に潜んでいたロケットパンチが、ボスオネェマッチョの左腕を切断したのだった。


「もう一度言うわ、あなたに勝ち目はない。大人しく帰りなさい」

 アンジュの冷たい声が響く。


「ななななな、なんなのよォ! この娘は? M2NRエム・ツー・エヌ・アールが全く役に立たないじゃない!」


 伝説の筋肉増強材M2NRマッチョにな〜る。それはあらゆる攻撃をはじき飛ばす筋肉を身につけることができると言われていたが、アンジュのロケットパンチの前にはただただ無力だった。


「くそ、くそ、クソォ! こうなったらァ!」


 アンジュに言われた通り、勝ち目がないことを悟ったボスオネェマッチョは、バラの模様の入ったタンクトップから一粒の丸薬がんやくを取り出すと地面に叩きつけた。煙幕だった。


「うわっ、アンジュ! 目を閉じて! 煙も吸い込んじゃダメ!」


 もくもくと通路中に白い煙が充満する。アンジュはマリカに言われた通り、目を閉じ、片手で鼻を塞いだ。マリカは慌ててアンジュの腕から飛び降りて、壁の近くにあるボタンをカタカタと操作し始めた。彼女はぬいぐるみだから煙の影響を受けないのである。


「えい!」


 マリカがボタンを叩くと、天井にある換気扇が唸りを上げて回転し始めて、煙が全て吸い込まれていった。視界が晴れたとき、ボスオネェマッチョの姿は消えていた。どうやら逃げ出したようだ。といっても、ところどころに落ちている血の跡でどこに向かったか一目瞭然ではあるのだが。


「ふう、あの暑苦しいマッチョがいなくなった」と一つ息を吐き「アンジュ、もう大丈夫だよ」とマリカが声をかける。アンジュはゆっくりと鼻から指を離し、目を開けた。


「ありがとうマリカ……でもどうしてここに換気扇のボタンがあると知っていたの?」

「へへっ、さっき体をスキャンされた時に、逆アクセスしてここの地図を全部頭の中に入れておいたの!」

 すげぇだろ! と言わんばかりにマリカが自分の手で鼻の下を擦る。


「へぇ、やるわね。マリカったら」

 アンジュはマリカの頭を撫でながら、リコに近づいた。リコはケンジを失った悲しみと、目の前に広がる血の海と落ちているボスオネェマッチョの片腕、そして近くにある違法マッチョたちの大量の死体を目の当たりにして、言葉が出なかった。放心状態のまま、宙を見て口を開けて固まっていた。


「ねぇ、大丈夫?」

 アンジュがそう声をかけて、パチパチとリコの頬を軽く叩く。しかし反応はない。


「わたしたち、あのマッチョを追いかけるけど……あなたも一緒に来る?」

「リコ! ケンジの仇を取りに行かなきゃ!」


 マリカが言った「ケンジの仇」という言葉に一瞬ぴくりと反応したものの、リコはそれ以上動くことはなかった。


「まあ、そこでもう少しケンジのそばにいてあげるといいわ」


 そう言い残して、アンジュとマリカはボスオネェマッチョの後を追いかけていった。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 いよいよTHREE BIRDS編も大詰めです。あと1〜2話で終わる予定です。やはりロケットパンチは強かった! ボスオネェマッチョは倒されるとして……リコやジロウ様はどうなってしまうのでしょうか。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る