第16話「アンジュ、この部屋ぜーんぶ見られてるし、聞かれてる」
「王は誰にも姿を見せない?」アンジュがケンジの言葉を復唱する。
「そ。唯一ジロウ様に会えるのが、ナンバー2であるサジーだけ。ジロウ様の言葉をサジーが受け取り、それをみんなに伝えるって感じなの」
リコが説明を付け加えた。
「ふーん。なんか変な感じね」マリカが言う。
アンジュは王が姿を見せないというケンジの言葉に、ますます自分が探している王ではないような気がしてきた。自分の右腕を切り落とした王は――そんな隠れるような人物ではなかったはずだ。もっと前線に立って残虐非道を繰り返すマッチョの……はず。
今回もハズレかしら。そう思っていると、
「さて、話をしている間に着いたぜ。ここでしばらく待っていてくれないか」
ケンジが立ち止まり、左にある扉に右手をかざした。生体認証になっているのか、赤い一本の横線がケンジの差し出した掌をスキャンする。そしてその線が緑色に変化すると、音もなく扉が左右に開いた。
そこは廊下と同じつやのある外壁で囲まれた部屋だった。椅子やテーブル、ソファが並べられていて、いかにも客人をもてなすための準備がされてあった。
「ここはゲストルームだ。しばらくここでくつろいでいてくれ。俺はサジーを呼んでくる」
「わたしはアイスクリームをとってくるわ。マリカちゃん、何アイスがいい? バニラ、ストロベリー、チョコレート、なんでもあるわよ!」
マリカはゲストルームが物珍しいのか、あたりをキョロキョロと見渡していた。そして、リコの問いに対して即答する。
「うーんとね、全部!」
「ちょっとマリカ、いきなり全部はどうなのよ」
「アンジュも食べればいいじゃん! めちゃくちゃおいしいんだから、アイスクリーム!」
「わかったわ、とりあえず全部持ってくるから。この部屋で待っててね、マリカちゃん!」
リコは嬉しそうに部屋を出て行った。ケンジも「それじゃ」とそれに続く。部屋にはアンジュとマリカだけが残された。
アンジュは目の前にあったソファに腰掛ける。するとマリカがトテテテテ……と走ってきて、ジャンプしてアンジュの首元に抱きついてきた。
「ちょっと、なにするのよマリカ!」
マリカはもぞもぞとアンジュの顔の横にしがみつく。そして、聞こえるか聞こえないか微妙な大きさの声で話した。
「アンジュ、この部屋ぜーんぶ見られてるし、聞かれてる」
「わかってる」アンジュもできるだけ口を動かさないようにして、小声で言った。
「王に会えるかな?」
「わかんないわ。でも、多分ここの王も違う気がする」
「だよね、あたしもそう思ってたんだ。姿を見せないとか、そんな肝っ玉の小さい奴じゃなかったもんね」
「だけどここにいれば科学者の手がかりがだいぶ掴めそうな気がしているのよ」
「確かに! あたしが体を調べられている間、コンピュータのデータベースにアクセスできないか試してみるわ!」
「大丈夫なの?」
「問題なし! 体を調べられるくらいでどうにかなるマリカ様じゃありません!」
「じゃあ、私はその間にこの研究所を調べてみようかしら」
アンジュとマリカの会話はマイクでは拾えないほどの大きさだった。しかもアンジュの顔をマリカが覆い尽くしているから、彼女の口のわずかな動きも把握することはできない。側から見れば、アンジュがくまのぬいぐるみを顔に押し付けて遊んでいるように映るはずだ。二人はそこまで計算した上で、これからの行動について確認を行なったのだった。
「マリカちゃーん! アイス持ってきたよ……って、アンジュはなんでマリカの匂いを嗅いでいるのよ」
ニコニコ笑顔でアイスクリームを持って入ってきたリコが、マリカに顔を埋めているアンジュを見て一瞬固まり、手にしていたアイスクリームの箱を床に落とす。
「……おひさまのいい匂いがするから」
マリカを顔から引き剥がし、少しだけ照れながらアンジュがそう言うと、彼女を床に優しく置いた。
「えー、私もマリカちゃんの匂い嗅ぎたーい!」デレデレの顔をするリコに向かって、マリカは走り出した。抱きつくためではない。もちろん、アイスクリームが食べたいだけなのだ。
「アイスー! アイスクリームをくださいな! 今度はチョコレート! チョコレート味をくださいな!」
リコがしゃがんで手を伸ばす。走ってくるマリカを抱きしめ、顔に思いっきり押し付けて、匂いを嗅ぐつもりだった。が、マリカはリコをスルーして、彼女の後方に落ちているアイスクリームの箱をまさぐった。
「……ぐす。私よりアイスクリームの方がいいのね」
リコはちょっと悲しかったが、アイスクリームを見てはしゃぐマリカを後方から抱きしめ、思いっきり匂いを嗅いでから言った。
「ごめんね、マリカちゃん。チョコレートアイス、在庫を切らしちゃってた。ちょっと地上に行ってチョコの材料を探してくるから、待っててくれる? 多分マリカちゃんの体を調べ終わる頃には戻ってこれると思うから!」
「……しょうがない。その間、このストロベリーアイスを食べて待っておくことにするわ!」
「チョコの材料ってことは……ヴァルクが売ってくれるかもしれないな」
ちょうどこのタイミングでケンジが戻ってきて、会話に割って入ってきた。ヴァルク、という言葉にアンジュもマリカも反応しそうになった――特にマリカは「ノムラのこと知ってるの?」と言いそうになった――が、二人ともそれを
「というわけだからちょっと地上に行って、ヴァルクを探してきまーす! ケンジも一緒に行くわよ」
リコが立ち上がると、ケンジの腕を掴んだ。
「なんで俺も行くんだよ、一人で行けばいいじゃねぇか」
「私がいない間にアンジュにちょっかいかけるといけないからよ」
「はいはい、素直に一人じゃ寂しいからって言えよ、このバカリコ」
「バカっていう方がバカなんです、バカケンジ。黙ってついてきなさいよ」
またしてもぎゃあぎゃあ言い合いながら、二人は部屋を後にした。そして部屋に残ったのはアンジュと、ストロベリーアイスクリームの箱にしがみ付いているマリカ。そして、もう一人。
ケンジと一緒にやってきた、白衣姿のひょろっとした白髪の老人だった。
「やあ、君たちがアンジュとマリカか。
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あけましておめでとうございます、まめいえです。
お読みいただきありがとうございます。今年も皆様と交流できることを楽しみにしております。どうぞよろしくお願いいたします。
ヴァルク野村がまた出てきますが、彼は行商人なので、いろいろな人物と交流があるのです。ケンジとリコもしかり。そして
少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。
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