第14話「心配しないでアンジュ。これは作戦よ。」

「バニラアイスクリーム、最高!」

「きゃあ! かわいい! ぬいぐるみなのにアイスを食べるとかマジかわいいんだけど!」

「……あんたは食べないのか?」

「……私はあまり食べることに興味はないの」


 くまのぬいぐるみであるマリカが美味しそうにバニラアイスクリームを食べるが、当然それは腹の中に収まることはない。あくまでも彼女はくまのぬいぐるみである。食べるたびに口元にべったりとアイスがつき、それはぼとぼとと地面に落ちる。それでもマリカは十分に満足しているようだった。


 かわいいぬいぐるみが意志を持って動いている。それだけでリコは大興奮し、すっかりマリカに夢中であった。きゃーきゃー言いながら、ずっとマリカの様子をとろけるような眼差しで見つめている。


 ケンジとアンジュはそんな二人をよそに、今後についての交渉を始めようとしていた。


――しかし流石だな。こいつは決してくまちゃんから目を離そうとしない。そしていつでもくまちゃんを確保できるような位置取りをしている。


 ケンジはアンジュの自然な立ち振る舞いの中に、彼女の強さを感じ取っていた。一体どのような経験を積めば、これほどまでの動きができるというのだろうか。まだ見たところ二十代、いや十代後半といったところだろう。


――これは舐めてかかるとこっちがやられちまう。


 ケンジは慎重に交渉を進めようと決心した。

「えっと、まず名前を教えてくれないか」

「……」


 いきなりの質問にアンジュが冷たい目線を送る。ケンジは慌てて「あー、すまんすまん。そんなに機嫌を悪くしないでくれ。さっきも言ったけど、俺はケンジ。あいつはリコ。二人とも近未来科学集団『THREE BIRDS』のメンバーだ」と先に名乗った。


「……私はアンジュ。美味しそうにアイスクリームを食べているのはマリカ。それと……別に機嫌を悪くしているわけではないわ。もともとこういう顔なの」

「っと、それは失礼。しかしアンジュ……綺麗な顔をしているんだから、もっと表情豊かな方が愛嬌があっていいと思うんだけどなぁ」



「あっ、ケンジ! アンジュに色目を使っても無駄だからね! アンジュはクールビューティーなんだから!」

とマリカから横槍が入る。彼女はアイスを口から垂れ流しながら、それでも美味しそうにむしゃぶりつく。


「……それで、あなたたちの目的は?」


 マリカのことをしっかり見ていながらも、彼女の言葉には一切反応せず、アンジュはケンジに尋ねる。ケンジはリコと目を合わせ、「しょうがない、全部話すよ」と頭を掻いた。


「俺たちは『科学者』を探している。その手がかりになりそうなものは何でも集めろと言うのが俺たちの王の命令だ」

「THREE BIRDSが『科学者』を探しているのは知ってる。でもそれがマリカと何の関係があると言うの?」


 アンジュは敢えて自分たちも科学者を探しているという情報を出さなかった。どうせならより多くの情報を持っていそうな彼らの懐に入り込み、一緒に科学者を探した方が効率的かもしれないと考えたのだった。


「何の関係って……そりゃ、自我を持つぬいぐるみなんて戦争前ですら存在していなかったんだぞ。『科学者』が作ったものに違いないと考えるのが妥当なんじゃないか?」

「……なるほど」

「だから、くまちゃ……マリカをTHREE BIRDSに連れて行って、体を調べさせて欲しいんだ。なに、分解とかはしない。体の上からスキャンしたり、電子回路を接続したりするだけだ」


「だめ」


 ケンジの申し出をアンジュが間髪を入れずに拒否した。


 アンジュはマリカが定期的に見る悪夢の内容を聞いている。だからこそ、その悪夢を思い出させるようなことはさせたくないのだった。


「ねえ、くまちゃん!」リコがマリカに猫撫で声で尋ねる。

「なに?」マリカは口の周りをバニラアイスでべとべとにしながらも、さらにアイスを口に突っ込みながら答える。

「ちょっとだけ、私たちのお家に行って体を調べさせてくれない?」


「えーやだー」マリカはリコに目を合わせず、アイスクリームに目を向けたまま言った。

「調べさせてくれたら、アイスクリームもっともっともーっとあげちゃうんだけどなぁ」


 リコのその言葉に、マリカの耳がピクリと反応する。


「もっと?」

「ええ! 好きなだけ!」

「好きなだけ!? アイスクリームを?」

「ええ!」


 リコが両手を広げて空を見上げ「バニラだけじゃないわ! THREE BIRDSにはチョコレートアイスも、いちごアイスもなんだって揃っているんだから!」


「いくー! あたし、行きます!」

「ちょっ……マリカ!? 冗談でしょ?」


 アイスクリームを好きなだけという誘惑に負けてしまい、マリカは右手をピシッとまっすぐ天に突き上げる。それを見てアンジュが何を言っているの? と目を大きく開けた。


「はっはっは、契約成立ってやつか?」

 一連の流れを見ていたケンジも拍手をして喜んだ。


「ちょっとマリカ! 何を考えているのよ!」


 アンジュが怒りながらマリカを抱き上げ、彼女の口にべっとりとついたバニラアイスを手でぬぐいとる。ふふふとマリカは笑いながら、ケンジとリコに聞こえないようにアンジュの耳元でささやいた。


「心配しないでアンジュ。これは作戦よ。こうすることで、怪しまれることなくTHREE BIRDSの王に近づくことができるでしょ?」




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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 「THREE BIRDS編」いかがでしょうか。「ダン・ガン編」は1話か2話くらいで決着がついてしまいましたが、今度の王は果たして……?

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

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