第11話「もうあれから3年も経つのか……早いね、アンジュ」

 ここはアンジュとマリカの自宅。


 外から見たら荒野にポツンと残っている崩れた建物なのだが、それはあくまでもカモフラージュ。建物の奥にある木箱の下に、地下へと続く入り口が隠されている。


 階段を降りると、戦争前に作られた小さな研究施設がそのままの形で残っているのだ。


 部屋の中央にある診療台には、アンジュが裸に毛布を一枚かけた状態で静かに眠っていた。その隣にあるもう一つの台の上には、アンジュのロケットパンチである右手が置かれていて、ゴーグルをかけたマリカが何やら作業を行なっている。もふもふの手に金属製の工具を持ち、ときおりそこから火花を散らしながら、修理を行っているところだった。


「ひえっ……神経回路まで焼き切れてるじゃん!」


 マリカは台の下にある引き出しから部品を二つ三つ取り出すと、またカチャカチャとロケットパンチをいじくり出す。一通りの作業が終わり、「ふう」と額に汗なんて出るはずもないのに汗をぬぐう真似をすると、今度はアンジュの右腕――ロケットパンチが接続される部分――にも、工具を近づけた。


「もうあれから3年も経つのか……早いね、アンジュ」


 麻酔で眠っていて返事をすることのないアンジュに、マリカは優しく話しかける。アンジュのロケットパンチを修理し、再び接続させるための作業は夜遅くまで続くのだった。


 ◇


 深い眠りの中でアンジュは昔の夢を見た。


 荒れ果てた世界のどこかに、生き残った人々が集まって作った集落があった。

 アンジュはそこの一員として、みんなと力を合わせて生きていた。朝は早く起きて近くの川に水を汲みに行き、昼は畑を耕し、夜は日が暮れると眠りにつく。機械やコンピューターといった文明の利器は、戦争でほとんど使い物にならなくなった。何もかも、自分たちの力で行わなければいけなかった。


 ある日、力を合わせて一生懸命その日その日を生きている者たちを嘲笑あざわらうかのように、力を持つものたちが集落を襲った。


 王を中心としたマッチョたちが、食糧や燃料を強奪していく。抵抗する者は殺され、無抵抗の者たちは奴隷として連れていかれた。


 ――一生懸命生きてきた結果がこれだなんて、絶対に認めたくない!


 アンジュは必死に抵抗した。自分よりも大きくてマッチョな男たちにかなうわけがないことはわかっている。それでも、自分たちが必死になって生きてきた証が、こんな形で消えてしまうのは耐えられなかったのだった。


 王の目にはそんな必死に抵抗するアンジュの姿が疎ましく写った。殺すのは簡単だったが、この地域に生きる弱者たちに、「抵抗することは無駄だ」と知らしめる格好の材料になると判断した。


「やめて! 私たちの場所からこれ以上何も奪わないで!」


 アンジュが両手を広げて、王の行手を遮る。当然、王はそんな言葉に耳を貸さない。無言のままアンジュに近づく。そして。



五月蝿うるさい」



 背中に背負った斧でアンジュの右腕を切り落とした。


「――っ! ああっ!」


 ボトリ、と右肘から先が地面に落ちる。切り落とされた場所からは血が吹き出る。思わずアンジュは地面に片膝をつき、残った左手で右腕の切られた部分を押さえた。押さえたところで血が止まることはなく、左手の隙間からじわりじわりと血が滴り落ちる。


「アンジュ!」

 集落の仲間たちが彼女の名を叫び、助けようと駆け寄る。しかし、アンジュに近寄った者たちは全員、王によって首を切られた。彼女の周りに、仲間たちが声もなく倒れる。乾いた地面にみるみる広がっていく血は、もはや誰のものなのかさえわからない。


「これでもまだ抵抗するか? それなら左腕も、両足も同じように切り落としてやろうか」


 フーッ、フーッと痛みを堪えながら、アンジュの呼吸が荒くなる。言葉を発することもできないほどの痛みに気を失いそうだったが、彼女はそのまま王をにらみつける。


「お前たち弱者は俺たちに搾取される存在よ。抵抗するなどおこがましい」


 王はアンジュの赤い髪をつかむと、そのまま自分と同じ目線まで持ち上

げる。当然だが、アンジュにあらがう力など残っていない。


「お前は見本だ。弱者が歯向かうとこうなるぞ、という見本として、このまま生かしておいてやろう」


 よく見ると、アンジュは白目を向いて気絶していた。「フン、つまらん。このくらいでくたばるのなら、生意気なことを言うんじゃない」

 王はアンジュを眼下に広がる血の海に投げ捨てた。べちゃっという嫌な音を立てて、彼女はたくさんの死体の上に積み重なった。


 ◆


 数時間後、王によって壊滅させられた集落に、一人の男性が訪れた。自分の体の数倍の大きさの荷物を抱えたマッチョ――ヴァルク野村だった。そしてヴァルクの肩の上には、かわいいくまのぬいぐるみ――マリカがちょこんと乗っかっていたのだった。


「ひどいな……こりゃ」


 まだ生暖かい血の匂いも感じられる死体の山を見てヴァルクは嘆いた。彼の声に、マリカもついそちらの方を見てしまう。


 ――全く、力が強いものが生き残る世界になってしまったとはいえ……。

 マリカがそんなことを思っていると、その死体の山の一番上に積まれている少女の胸が、かすかに上下しているのに気がついた。


「ノムラ、ノムラ! その女の子、まだ生きてるよ!」



 ◇



 アンジュが目を覚ますと、自分の横腹に何かもふもふするものの存在を感じた。ゆっくり体を起こすと、そこには修理をして疲れ果てたマリカがもたれかかって眠っていた。すぴーすぴーと可愛い寝息まで立てている。


 ――ああ、そうだった。壊れた右腕をマリカが修理してくれていたんだった。


 まだ少し頭がぼおっとしていたが、アンジュは今の自分の置かれている状況を把握し、自分の右腕を確認してみた。すると、そこには当たり前のように右肘から先が接続されていた。握られていた指先を一つ一つゆっくりと開いたり、閉じたりしてみる。


 ――何も問題はなさそう。


 そして自分の体とロケットパンチの継ぎ目も、目を凝らしてみてもわからないほど綺麗だった。はたから見れば、アンジュの右肘から先が機械でできているなど、誰も思わないだろう。


「ありがとう、マリカ。あなたがいなければ、私はきっと死んでいた」

 アンジュはそう言うと、眠っているマリカの頭を優しく撫でた。




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 こんにちは、まめいえです。お読みいただきありがとうございます。

 今回はアンジュの過去編を書いてみました。ヴァルク野村とマリカはその前は一緒に旅をしていました。どうして三年後(今の時間軸)は別々に旅をしているのか。その辺にもいつか触れる機会があればいいなと思います。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

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