第3話「血まみれの私をもふもふに戻してほしいの!」

「ひさしぶりだな、アンジュにマリカ!」


 アンジュが背後に立っているマッチョの姿を確認すると、向けていた右腕をゆっくりと下ろし、

「ヴァルク」そう声をかけた。


「ノムラだ!」とマリカが嬉しそうにマッチョの元へと走り、ジャンプして抱きつこうとする。すんでのところで、マリカは首根っこをアンジュに掴まれて、手足をジタバタさせる。


「何するのよ! あたしはノムラにぎゅーしてもらうんだから!」

「そんな血まみれの姿で抱きついてごらんなさい。ヴァルクが今以上に汚れてしまうわ」


 アンジュの冷静な行動に、「……確かに」とマリカはおとなしくなり、「……ははは、これでも綺麗にしてきた方なんだけどな」とヴァルクと呼ばれたマッチョは頭をかいた。


 迷彩柄のタンクトップにカーゴパンツ。そして、服の隙間から見える鍛え上げられた肉体。とんでもない力を持っているのはひと目見ただけでわかる。さらに、彼の服はパワースーツになっていて、その肉体の数倍の大きさの荷物を軽々と背負っているのだ。

 この規格外のマッチョは名前をヴァルク野村と言う。三年前の戦争により崩壊した世界を放浪し、珍しい物や過去の遺物を探して生計を立てている行商人なのだ。

 これまでも何度か、二人はヴァルク野村と出会い、その時必要な物資を購入したり、他の地域の情報を得たりしてきた。親しみを込めてアンジュは「ヴァルク」、マリカは「ノムラ」と呼んでいるのだった。


「で、今回所望しょもうなのはお風呂……ってことかな?」

「そう! 血まみれの私をもふもふに戻してほしいの! ……ついでにアンジュも!」

「ついで……?」アンジュが眉をひそめる。


「ははは……任せておきな!」

 ヴァルクは大きな荷物を地面に下ろし、ガサゴソと物色し始めた。マリカがアンジュの手から離れ、荷物の周りをせわしなく動き回る。ヴァルクが何を探しているのか気になったし、それ以上に大きな荷物の中身に興味があったのだ。


「確か荷物の中に……おっ、あったあった!」と、ヴァルクはドラム缶を一つ取り出し、アンジュに手渡した。彼女はそれが何なのかよくわからない様子だった。


「?」

「なになになにー? なにそれー?」


 マリカがぴょんぴょん飛び跳ねながら、アンジュの持っているドラム缶の中をのぞき込もうとする。「ああ、ちょっと静かにしてて!」とアンジュがたしなめる。


「それは五右衛門ごえもん風呂っていうのさ。その中に水を入れて、下から火をつけて沸かすんだ」


 ヴァルクが「すごいだろ? こんな薄っぺらい鉄の缶でお風呂に入るなんて、なかなか貴重な経験だと思うぞ!」と誇らしげに言うが、マリカとアンジュはちょっと不満げだった。


「ノムラ……確かに悪くない道具よ。だ・け・ど! 肝心のお湯がないじゃない!」

「心配ない! お湯を沸かせるための薪木と火打ち石なら持ってる」

「だ・か・ら! 水がないじゃない。 水が貴重品なのはわかってるわ。でもね、ノムラなら水もたっぷり持ってると思ったのよ!」


 するとヴァルクは右の親指を立てて、自分の後方を指差した。


「どういうこと?」

「ここから少し先に川がある。水ならそこで汲むといい」

「やったー! さっすがノムラ! お風呂入り放題ってわけね!」


 わーいわーい! とマリカがその場でくるくる回転しながら喜びのダンスを踊る。そんなくまのぬいぐるみの様子を見て、また勝手な行動をされては困ると、アンジュがマリカの首根っこを再び掴む。「ちょっと何するのよ! 喜びのダンスを邪魔しないで!」と声を出すマリカのことは気にせず、アンジュはヴァルクに言った。


「お願い。今からその川に行くから一緒について来てくれる?」

「え?」

「いいから」

「おいおい困ったな……俺にも仕事が……」


 アンジュに首根っこを掴まれてジタバタしているマリカを見て、「確かに、ちょっとこの子が落ち着くまで一緒にいてやるか」とヴァルクは少しその場に留まることにした。

 


「ああ! やっぱりお風呂って最高!」

「そうね」


 河川敷の崩れ落ちた橋のたもとで、アンジュとマリカが風呂に入っていた。


 マリカは揉み洗いとすすぎを繰り返されちょっと不機嫌だったが、気分はすっかり良くなった。返り血を洗い流し、きれいになったマリカとアンジュが二人揃って五右衛門風呂に浸かっている。そこから少し離れた場所に大量の荷物とともにヴァルク野村が腰を下ろして休憩していた。もちろんマリカとアンジュに背を向けて、乙女たちの入浴シーンを覗かないように。


 ――なるほどね、入浴中は無防備だから見張り番をしておけってわけか。


 ヴァルクは体を休めながらも、敵が来ないかどうか辺りの様子を眺めていた。こういった廃墟となった街の周辺には、戦争を生き延びた無法者アウトローたちが住み着きやすい。みんなで協力して村を作り、わずかばかりの食料で生き延びようとすることをよしとせず、力こそが全てと考え、自らの欲望のまま好きに生きていこうとする者たちだ。


 行商人という職業柄、大量の物資を持ち運んで各地を転々としているため、ヴァルクはそういった無法者たちから狙われることもしばしばだった。その全てを圧倒的な筋肉量パワーで撃退してきたのだが、おかげで敵意をもった存在をなんとなく察知できるようになってきたのだった。


 こちらに敵意を向けている気配が……向こうに数人。


 ヴァルクは「やれやれ。お風呂の邪魔をさせないように、ちょっくら相手してやりますかね」と立ち上がり、荷物の中から戦斧せんぶを取り出した。




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 こんにちは、まめいえです。お読みいただきありがとうございます。

 ヴァルク野村は前作執筆中に偶然生み出されたキャラクターです。2023年9月25日の近況ノートに出所でどころが書いてありますので、ヴァルク野村に興味のある方はそちらもお読みいただけると楽しめるかと思います。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

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