第2話「ここら辺にアイスクリーム屋さんはありませんか?」

「アイス、アイス、アイスクリーム! アイス、アイス、アイスクリーム!」


 かわいいくまのぬいぐるみであるマリカが、自分で作ったアイスクリームの歌を歌いながら元気よく行進している。その数歩後ろには表情を変えずに歩いているアンジュがいる。彼女が歩くたびに、後ろで一つに結んでいる長いポニーテールが揺れる。二人は廃墟となった街の、ひび割れた道路のでこぼこに足を取られないように気をつけながら、先へ進む。


「あ、ちょっと待って」

 途中ブーツの靴紐がほどけたことに気がついたアンジュは、一旦その場に座り結び直す。


「アンジュ遅ぉーい! あたしは先に行っとくからね!」

「マリカ! 一人で行くと危ないわよ」


 目を離した隙に、マリカは瓦礫の間をすり抜けて先へ先へと進んでいった。


「アイス、アイス! アイスクリーム!」


 マリカの頭の中はアイスクリームのことでいっぱいだった。廃墟となっているこの街に、お店があるはずもないのに、「絶対に食べてやるんだから!」と上機嫌で歩いていく。


「うるせぇ! 誰だ、変な歌を歌ってんのは!」


 ボロボロに崩れ落ちたビルの入り口から、黒い革ジャンを着たガラの悪いマッチョが出てきた。手には釘の刺さった木製バットを持っている。それをガンガンと地面に叩きつけながら、マリカに近づいてきた。


「何だァ、こいつぁ?」

 眉間にシワを寄せて絡んでくるガラの悪いマッチョに、マリカが元気いっぱいに尋ねる。


「ねぇ、ここら辺にアイスクリーム屋さんはありませんか?」

「ハァ? なんでくまのぬいぐるみが喋ってんだよ?」


「今はそんなの関係ないのよ! あたしが聞きたいのは『この近くにアイスクリーム屋さんはないのか』ってこと!」


 当たり前だが、くまのぬいぐるみが喋りだすなんてあり得ないことである。マッチョは不思議そうにマリカの首根っこを掴んで持ち上げた。


「あぁん? どうなってんだこれ? 戦争前のおもちゃか何かか? へへっ、売り飛ばせば高値で売れるかもな!」


「ちょっと! 気安く触るんじゃないわよ!」

 マリカがジタバタと手足を振り回すが、所詮は可愛いくまのぬいぐるみ。抵抗などできるわけがない。


「ちっ、うるせぇクマの――」


 マッチョがそう口にした瞬間、キュイィィィン! と背後から音がした。何だと確認しようと振り返ると、



 グワッシャアァァァ!



 彼の頭にロケットパンチが命中した。勢いが強すぎて、頭部が弾け飛ぶ。噴水のようにそこから血が吹き出る。ちょうど男に掴まれたままだったかわいいくまのぬいぐるみは、そのままシャワーのように吹き出てくる血の雨をまともに浴びた。


「嫌あああぁぁぁぁぁ!」


 マリカの悲鳴がこだまする。恐怖からくるものではない。自分の体が真っ赤に染まったことに対しての悲鳴だった。――誰よ! あたしのかわいい体をこんなひどい目に遭わせるやつは!


 真っ赤なマリカが振り向くと、少し離れたところに、右腕をまっすぐ目標に向けて伸ばしているアンジュの姿があった。もちろん、右肘から先がない状態で。



 ――ま た ア ン ジ ュ か!



「ばかー! アンジュのばかー! なんであたしが近くにいるのにロケットパンチをぶっ放すのよ!」


 そんなマリカの言葉にも顔色一つ変えず、戻ってきたロケットパンチを右腕に接続しなおして、アンジュがゆっくりと近づいてくる。そして、首から上がないマッチョの手からマリカを奪い返し、ギュッと抱きしめた。


「だって、マリカが怪しい男に捕まってたから」


 全身血塗れのマリカを抱いたせいで、アンジュ自身も手や服、そして顔まで赤く汚してしまう。しかし彼女はそんなこと全く気にしていない様子だった。



「あたしに当たったらどうするつもりだったのよ!」

「あら、私とマリカには絶対当たらないように設定してくれたのはどなただったかしら?」


「ぐっ……とっ、とにかく洗って! 血塗れになったあたしを綺麗にして! あー! アンジュも真っ赤じゃない! 早く、お風呂! お風呂に行くの!」

「お風呂……この近くにお風呂があるかしら……?」

 アンジュが廃墟となっている街を眺めながら言う。


「もう! さっきと同じ展開はいいから! 早く移動するの! お風呂は私が見つけるから!」


 マリカはアンジュの胸に抱かれながら、まるで聞き分けのない子供のようにじたばたと全身を動かす。そうするたびにアンジュの体がさらに汚れていくのだが、お互いそんなの知ったことではないらしい。


「……アイスクリームはもういいの?」

「だあーっ! こんなに汚れた体でアイスが食えるかってーの! お風呂! お風呂! 綺麗になるため、お・ふ・ろ! 誰かあたしにお風呂をください!」



「呼んだかい?」



 突然背後から男の声がして、それまでぎゃあぎゃあ言い合っていた二人の動きがピタリと止まった。アンジュはマリカを左腕でしっかり握りしめると同時に、さっと右手を前に出す。すぐにでもロケットパンチを打てるように。


「おいおい、アンジュ。その物騒なもんをしまってくれ! 俺だよ、俺」


 そこには、自分の体の数倍の大きさの荷物を背負ったマッチョが立っていたのだった。






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 こんにちは、まめいえです。お読みいただきありがとうございます。

 ポストアポカリプスの世界観を壊さない程度に、マッチョも登場させようと思います。敵も味方もマッチョだらけにならないよう、気をつけます(^^)

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

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