第64話 聖女殺し



《聖女》



 今まで、私の人生は転落の道だった。ヘルナ・ヴァル・アルナート男爵令嬢は弱小の貴族令嬢として生まれ、小さな領地で遣り繰りをする両親を見て育った。自分に優しい両親だったが、貧乏貴族であることに苦心していたことに気付いていた。

 それでも、私は貴族としての気概を失わずに生きていき、大きくなったら両親を楽にしてやりたいと頑張ってきた。それでも……時間は待ってくれない。

 寂れていた領地から出て行く領民が増えていき、税もなかなか集まらなくなってきたことから…………両親は咎(とが)を犯してしまう。生活の為に…………出稼ぎで帝国へ行った時に横領をしてしまう。それがバレたことから、両親は処刑されてヘルナは貴族から平民へ落とされてしまう。

 ヘルナは少しだけ剣の腕に覚えがあり、魔法も使えたことから冒険者になる。家族を無くし、一人ぼっちになったヘルナは冒険者で僅かな金を稼ぎながら生きてきた。貴族から平民に落ちてしまったが、ヘルナはまだ貴族としての気概を捨ててはなかった。

 いつか、貴族へ戻れるようにと。取り上げられた、大切な思い出が残っている領地を取り戻す為に…………


 でも、冒険者で頑張っても中堅レベルから上がれないことに苦慮していた。その時にーーーー


 まさか、私が聖女として祭り上げられるとはね。人生はどうなるかわからないものね。


 ルルイエ教から聖女に選ばれた時は疑っていたが、今まで使えていなかった特殊な魔法が自分の身体に宿っていると教えられてから、信じるようになった。


「ふ、ふふっ……、この魔法があれば! 聖女として、ルルイエ教の名を上げて……イルミナ教を追い落とせば!!」


 貴族へ戻って、自領を取り戻せる。しかも、弱小の貴族ではなく、更に上の貴族…………いや、皇族を狙うのも不可能ではない!






 と、考えていたらーーーー


「ッ、何が!?」


 地下にいたヘルナの耳に聞こえたのは悲鳴だった。上から聞こえ、護衛の男2人も警戒して武器を取り出す。ヘルナも慣れない聖女の服から宝石が着いた杖を取り出す。


「何が起こったのよ!?」

「聖女様! 我らの後ろに!」

「誰かが降りてくるぞ!」


 扉の向こうにある階段を降りてくる音が聞こえ、扉を注視する…………




「うひっ、見つけたぁー」

「ひっ!?」


 ドアが開き、少女の声が聞こえたが異様な姿に恐気を感じた。仮面しか見えず、モザイクに霧が混ざった姿に護衛達は更に警戒心を高める。


「貴様は何者だ!?」

「そうね……、イルミナ教の暗殺部隊と言えば、わかるかしら?」

「暗殺部隊……狙いは聖女様か!?」


 異様な姿に殺気から嘘を言ってないと判断した。


「聖女様! あの魔法を!!」

「ここは我らが止めます!」

「え、えぇ……わかっているわ!」




 なんで、聖女になったばかりでイルミナ教の暗殺部隊に狙われるのよ!?




 聖女になったのはまだ数日前で、表立って動いたことはない。なのに、もうイルミナ教が動いたことに疑問を浮かべるが、狙いが私であることから油断は出来なかった。

 敵が持っているのは血塗れたナイフが2本。ヘルナは冒険者で盗賊と戦ったこともあり、対人戦の経験はあった。


 魔法を使うとわかったら、間違いなく二人を無視して私を狙ってくる筈! ナイフを投げてくるか、スピードに自信があるならば、刺突で来る可能性が高い!


 ヘルナの読みが当たれば、攻撃されても避ける自信はあった。


「我は射光の夜……」


 NPCが使う魔法は詠唱があり、ルルイエから与えられた特殊な魔法であっても、同じだった。だから、時間稼ぎは必要で、護衛の2人がやることだったが…………


 やっぱり、私を狙ってきた! 投擲の動作、横に避ければーーーーえ!?


 投擲は当たっていたが…………数十本のナイフを投げてくるのは想像もしていないことだった。


「なっ、空間魔法を使えたのか!? 聖女様の盾にぃぃぃ!!」

「うおぉぉぉぉぉ!!」


 護衛は身を賭けて、聖女を守るために盾として身を晒す。


「ごぶぁ」

「がぁっ……」

「まず、2人。あとは聖女だけよ?」

「っ、闇が照らす……」


 詠唱を止めたら2人の覚悟を無駄にすると思い、詠唱を続けるが…………


「駄目よ? 護衛がいないのに、続きをするのは。それじゃ、間に合わないでしょ?」


 は? なんで、まだナイフが両手に沢山持っているのよ!?


 数十本も投げたのに、まだ手元に沢山のナイフが残っていることに絶望する聖女。そのナイフは『回収』で戻していたが、聖女は周りを見る余裕はなかった。


 あれを投げられたら、私はーーーー




「バイバイ、短い間だけの聖女さん」




 死ーーーーーー

















「うひっ、これで、火に油ね」


 聖女や護衛は殺したが、1階にいた信者は殺しておらず、気絶に留まっている。名乗りもしているので、目を覚ました信者は怒り狂ってアジト外にいた信者達へ伝わるだろう。そうなれば、イルミナ教とルルイエ教の戦争が始まるだろう。


「うひ、うひひひひひぃぃぃぃぃーーーー」




 ピロッ♪




「……メール? …………は?」


『お久しぶりです。さっき、貴女様の活躍を見させて貰いました。私の為に動いて頂いたことに感謝を申し上げます。お礼を送り致しましたので、確認して下さい。今後も貴女様の活躍に期待しております。       女神イルミナ』




 スキル『月光魔法』を獲得致しました。

 称号『女神イルミナの寵愛』を獲得しました。

 称号『イルミナ教の信者』を獲得しました。

 称号『ルルイエ教の敵』を獲得しました。








「……………………は??」








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