第21話 悪役始動
ふぅ……まさか、こんな所に精神汚染が隠されているとは思わなかったわ。
精神汚染までと言うか。
正気でなくなったから、そう言われても仕方がないだろう。ヨミにとっては、それぐらいに衝撃的なことだったのだ。
「おじさん、この効果を知って………………ないわね。プレイヤー専用と書いてあるし、NPC用の説明があってもおかしくないわね……」
思い返してみれば、おじさんが言った仮面の効果は『認識障害』だけ。おそらく、説明やレア度までも偽造されていたかもしれない。じゃないと、神が作った物かもしれないのをたった、50000ゼニで売る訳がない。
「レア度、本来はSじゃなくて、SSSだったかもしれないわね。まだ見つかったことがないだけで……」
これだけの能力を盛り込んだ、この仮面がSに収まるとは思えないわ。レア度:Aのミサンガと比べればねぇ…………、というか、モードとかカッコいいじゃない?
中二病臭いが、面白さを感じさせるような仮面にも見えなくはない。まるで、子供のような大人が夢を持って、こうあれば面白くね? と作られた玩具みたいだ。
「……うん、アリね。というか、私の為にあるような装備じゃない! ペナルティは厳しいけど、プレイヤーやNPC相手に死ななければいいし!!」
詰め込まれた効果を考えれば、これからやろうとしていることにピッタリな装備であるのは間違いはなさそうだ。スキルの効果だが、この通りになる。
『隠蔽・絶』
『隠蔽』の上位スキル。鑑定系スキルを完全に防ぐ。
『無音・断』
『無音』の上位スキル。発動者の関わることに全て発揮され、音を完全に消す。
『意識誘導・集』
『意識誘導』の上位スキル。ある物へ意識を誘導させることが出来る。設定された物ははっきりと表現される(設定中:アルティスの仮面)
『認識障害・惑』
『認識障害』の上位スキル。発動者への認識を惑わせる。認識系スキルを完全に防ぐ。
詳細を読むと、どれだけ桁外れかよーくわかるだろう。特に『隠蔽・絶』と『認識障害・惑』は他の人が持つ鑑定系と認識系のスキルを完全に防ぐときた。ちなみに、鑑定系は生物と物質の詳細を知るスキルで、認識系は対象者の存在や動きを知るスキルである。
これらのスキルを防ぎ、『無音・断』で相手に近付く。もし、目視されても『意識誘導・集』と『認識障害・惑』のコンボで相手を惑わせることが出来る。つまり…………
「これは完全に悪役の為にあるようなスキル構成よね。ペナルティのことから、間違いないわね」
プレイヤーやNPCに対して、敵対する為にあるような仮面であり、ヨミにとっては好都合な装備だった。モンスター相手にも使えるが、鑑定系、認識系スキルがあり知的を持つ程に効果的なので、プレイヤーやNPC…………人間用なのは間違いない。
名前も隠せるし…………ようやく、動く日が来たかしら。まぁ、もう遅いから明日からだけどね。また知らない情報を見つけちゃったけど、『旅立つ青鳥』には言えないわね。
この仮面を真っ当なプレイヤーが見れば、処分か封印をするだろう。そうすれば、悪役に渡らなくて済むのだろう…………もう遅いが。
とにかく、真っ当なプレイヤー側である『旅立つ青鳥』には見せられないし、教えられない。
まぁ、秘密に決定にして…………よし、ログアウト!!
いい朝!!
3日目になり、起きたヨミは朝からテンションが高かった。何故かは聞かなくてもわかるだろう。
「戸締まりよし、火元よし、電気もよしぃぃぃぃぃ!!」
テンションが高くなろうが、ちゃんと確認だけは怠らない。ヘッドギアを被り、スイッチをオンにしようとしている指が震えていることに気付いた。
「あら、武者震いかしら?……ふひっ、ようやくだよ…………」
そう言い、スイッチをオンにした。
現実は朝だが、ゲーム世界は夕方になっている。もうすぐで夜になるが、これからやろうとしていることを考えれば、夜の方がやりやすいだろう。パーティよりソロが多い北のフィールドへ向かい、周りに誰もいないのを確認したら…………
「ふひっ、アルティスの仮面。装備っと」
この瞬間から、ヨミは悪役になる。今までと違い、負の感情が漏れ出しーーー
さぁ、行きましょう。哀れな最初の犠牲者を!
夜の森なのに、どんどんと奥へ進むプレイヤーの男性がいる。捕捉したヨミは、ファーストアタックを狙おうと背後から襲い掛かったーーーーーー
〈ツツジ視点〉
夜の森と言っても、このレベルでは相手にもならないか。
ツツジと呼ばれているプレイヤーは、もうレベル12まで達しており、推奨レベル5である森(浅)では相手になるモンスターはいない。だから、推奨レベル10の森(深)まで進もうとしたが、『気配察知』には反応もないのに、背中に悪寒を感じた。咄嗟に前方斜めへ走り出して、振り向くと……
「なっ、なんだこりゃ!?」
ツツジの目には空中を泳ぐ黄金色の小魚が映っていた。触れては駄目と勘が知らせていたので、身体を捻って避けようとしたが、1体だけが脚に触れてしまう。
「っ、なんだこれ。感触と痛みはないが……HPを削った? 何者だ!?」
この奇襲から、襲撃されていると理解したツツジは双剣を構えて、周りを注意深く見回そうとしたが、その必要はなかった。すぐに木の影から仮面を被った少女が現れたからだ。
「っ、誰だ!?」
「あら、わかっていて聞いているのかしら? 私は奇襲した人よ?」
「そんなことを聞いている訳じゃない!! お前は…………プレイヤーか?」
「あぁ、そういうことね。もちろん、認識しづらくなっているけど、私はプレイヤーよ」
ツツジの視点では、仮面以外がモヤによってボヤけており、印象深い仮面を被った少女としかわからない。
「何故、俺を……」
「あら、たまたまよ。私の初のPKに付き合って貰いますわ」
「PKプレイヤーか!」
「えぇ、先程のでイエローになりましたし、楽しませて見せなさいな」
目の前には自分より身長が低い少女、手には長剣を持っており、こっちへ向かってくることから本気で襲ってきているのがわかる。
「イエローになったなら、容赦はしない!!」
「か弱い少女に剣を振るうことに心を痛めないかしら?」
「はん! PKプレイヤーはモンスターと変わらねえよ!!」
言葉通り、剣を振ることに躊躇はなかった。だが、剣はあっさりと受け止められた。次に片方の剣で横薙ぎをーーー出来なかった。
「なっ、重っ!?」
「離さないのね」
咄嗟に片剣から双剣で押し留める形で少女の剣を防いでいたが、力は少女の方が高く、あっさりと押し負けていた。幾度と振るわれる剣にツツジの手に痺れを感じさせていた。それに、モヤのせいで剣のリーチを計りかねていた。双剣2本を使って、なんとか凌げている感じだった。
なんだこいつ!? ATKを高めにしている脳筋タイプなら、スピードでーーー!?
力で勝てないなら、スピードで翻弄してやろうと考えていたが、距離を取っても追い付かれる。
「こいつ! どういう職業の組み合わせだ!?」
「教える訳がないでしょ?」
「クソッ!」
「…………思ったより凌ぐわね。もしかして、貴方は有名だったりした?」
会話をするためなのか、距離を取ろうとしていたこちらを追わずに間を空けていた。
「……俺のことを知らないということは、正規版からのプレイヤーか?」
「いいから、答えなさい」
「チッ……」
なんのつもりか知らないが、距離を取れたのはありがたい……。
「俺はβ版のイベントで勝ち進んだお陰で、ランキング7位になったことがある」
「へえ! それはそれは。好都合ね!!」
「それはどういう意味だ?」
ツツジはイラッとするが、なんとか怒りを静めて構えを取る。
「その有名な人をkill出来れば、箔が付くでしょう? だから、死んで?」
「お前がな!? 『回転』、『トライバースト』!!」
『回転』はあらゆる回転の動作に補正が入り、やりようには威力を上げることが出来、『トライバースト』は双剣のアーツで1本の剣を使った突き。
こっちに向かってくるヨミに向けて、捻りを加えた威力が高めの突きアーツを放つが、動作が大きく軌道がわかりやすい突きはヨミには通じない。真っ直ぐ走りながら、身体を半身捻るだけであっさりと避けて、突きで返そうとする。
「そのアーツ、対人戦には合わないんじゃないの?」
「双剣のアーツをよく知らなかったみたいだな。アーツチェイン、『クロスエッジ』!!」
「な!?」
ヨミの突きも防がれることになった。アーツを使った後は小さな硬直が起きてしまうので、本来なら突きが刺さるまでは反応出来ない筈だった。だが、ツツジはアーツチェインと言う技術で硬直時間を無視して、次のアーツに繋げていた。
双剣のアーツは、ほとんどがアーツチェインをしやすいアーツなので、技を繋げる、連撃が得意な武器スキルとなっている。
という訳で、先程は『トライバースト』で空けていた左の双剣で切り上げを繰り出すことで突きを放っていた剣をなんとか当てて、上へ挙げることに成功させーーー
やった!
朧気な剣にきっちりと当てられたのは、点を狙う攻撃ではなく、下からの切り上げで線上にある箇所を狙ったから。そして、『トライバースト』を放っていた剣で横薙ぎ。切り上げからの横薙ぎ、これが『クロスエッジ』だ。
ツツジの得意技であり、流れるようにスムーズで双剣はがら空きの脇腹へ向かおうとしていた。これなら、大ダメージになると確信して、やった! と口を歪めていたが、それは一瞬だけで…………
……は?
横薙ぎを放った双剣から衝撃や斬った感触がなく、空振りをしたのを理解したが、目の前の事態に呆気に取られていた。何せ……、目の前の少女が身体を後ろへ倒れるように反らして、某マト○ックスのように攻撃を避けていたのだ。しかも、そのまま倒れずに、バク転に切り換えているのが見えていた。
嘘だろーーーうがっ!?
あり得ない避け方に信じられない眼で見ていたツツジだったが、両膝から痛みを感じ、視線を膝に向けると2本のナイフが膝に刺さっていた。
いつの間に……っ、もう来ている!?
視線を外した瞬間は1秒にも満たない時間だったが、すぐ少女へ戻すともう目の前に迫っているところだった。膝をやられているので、避けるのは無理だと判断し、なんとか双剣を盾にしてやり過ごそうとしたが…………それは悪手だった。
「『スーパースラッシュ』」
「ふぎっーーーな、ゴバァッ!?」
力強い横薙ぎは双剣に当たり、スキルが発動されると耐久力が凄い勢いで減り続け、0になった同時に折れた。そして、そのままツツジの脇腹へ剣の峰がぶちこまれた。打撃なので、ツツジにしたら殴られたような感触で息が出来なくなり、HPも膝に受けたダメージもあったので、あっさりと0になっていった。
「い、一撃だと……クソがぁぁぁ……」
「私の勝ちね」
ツツジは双剣が折れ、装備も修復が必要なぐらいに消耗して、更にPKされたことにより、所持金半分とアイテムボックスに入っていた数品を奪われてしまった。これからのことを考えると、他の人に後れを取ってしまうのは間違いないだろう。だが、ヨミこと、少女は笑う。
「…………うひっ、気持ちいいぃぃぃーーー!! ストレスが溶けていくような気分!!」
消える際に見たツツジはその笑いに恐れを感じたが、絶対にリベンジしてやると睨み付けて消え去った。
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