第5話『世界の観方』

「それで? 本題って何なんだよ」


 自称天使とのコントに付き合わされ、若干の疲労感を感じながら応答する僕。


「次にあなたは、本契約を行わなければならない。契約で私を通して、魔力を天界から注ぎ込まなければ、魔法士になれないからね」

「魔法士? そんなものになるなんて一言も言ってないぞ」

「あなたは既に、『幻想戦争』に巻き込まれたのよ」


 僕は彼女の言葉を飲み込むのにいくらかの時間を要した。静かな室内に、時計の秒針の音が冷然と響き渡る。


「巻き込まれた……? 事件に巻き込まれるくらいなら引きこもるくらいの覚悟はあるぞ。稀なケースだろうと、あんな猛獣に襲われて死の目を見るくらいだったら、引きこもる方がマシだ」

「賢明な判断ね。襲われて死ぬくらいなら家に居る方がいいかも」


 自分の立場にしては淡泊過ぎるリリスの反応に、僕は少しだけ驚いた。


「でも、あなたはきっと参加することになるわ。とりあえずまずは、幻想戦争について説明させてもらうことにするわね」

「……どういうことだ?」

「いいから、話を聞いて」


 やはり諦めるつもりではないようだった。

 僕は訝しげにリリスを覗き込んだが、その強気な瞳は、少しも揺らがない。

 さっきから淡々としているにも関わらず、彼女の態度は事務的ではなく真剣そのものだ。

 だからこそ、僕も真摯な態度で応えようと思った。


 ……彼女の話は長くに及んだ。


 恐竜が地球上に蔓延っていた時代、知的生命体「ノガルドティアン」が生まれた。彼らは信心深い種族で、神様を崇拝していた。天災に見舞われたり、自然の脅威に立ち向かううちに、少しずつ彼らは賢くなって、活動の幅を広げていった。そんなある時、絶対に乗り越えられない天災が訪れた。隕石の、衝突。


 地球上に隕石がぶつかり、熱風が地球全土を駆け巡った。そして巻き上げられた塵は、地球を覆い尽くした。光の差さなくなった地上で、植物は枯れ、そして草食動物が死に絶え、最後に肉食動物が絶滅していった。残ったのは、微生物と虫たちだけ。どうしようもなくなった彼らは、地球の王者であった恐竜と共に、地球上から姿を消した。


 死んだ彼らが向かった先は二種類あった。一つはNeveahネヴェアという世界、もう一つはAnnehegアネヘーグという世界。一体何を基にして行き先が分けられたかというと、「天災後も彼らの唯一神『サーフォリザーフ』を信仰するかどうか」。前者は最後まで信仰した者、後者は神を信仰しなかった者が向かった。


「……それで、Annehegアネヘーグへ向かった竜人達は、西暦2000年12月24日、こちらの世界に宣戦布告を行った。それから準備期間約12年の後、つまりは2012年12月23日に天界サイドと竜人サイドの戦争が始まる。それが……『幻想戦争』。興味深くも、大昔に人間で予知した部族が居たみたいね。あなたはそれに巻き込まれたのよ」


 ……本当に、情報過多で頭が追い付かない。

 固有名詞を覚えなければいけないのは世界史だけにしてくれ。


「でもそれはこれからの話。私は、彼らが今までしてきた行動を許せない」

「今までにしてきた行動……?」


 リリスは努めて怒りを抑えるような声音で話していた。


「竜人には霊体でこちらの世界に潜入することの出来る魔術がある。そして竜人は狙った人間の精神に干渉し、欲望を掻き立て、やがて破滅させ、その魂を奪っていく。……そして竜人に都合の良い魔力の奴隷としてオドを利用しつくされた人間の魂は壊れ、魔力を渇望する魔獣として、魔力を持つ者の前に姿を現す。あなたにも心当たりがあるんじゃない?」


 だとすれば、僕を襲った魔獣は……。


 ……もとは人間だったってことか?


 そうとは知らず、僕は……。


「もうああなってしまっては倒すことでしか救済は得られない。悲しいことだけどね。でも天界も見るに堪えなくなってね。竜人側を煽って宣戦布告させたのよ」

「…………。……それで、その戦争に僕が参加することに何のメリットがある?」

「……もし本契約をして、一つだけ願いが叶うとしたら?」


 僕の思考を遮り、リリスが提案する。


「一つだけ、願いが?」


 僕は予想外の提案に驚愕した。


「……何でも構わないのか?」

「ええ、問題ないわ」


 ふと僕は、何年も前に撮影された、コルクボードの家族写真を気にかけた。


「それなら――」

「それなら?」

「……それなら、いい。了承するよ。本契約、やってやろうじゃないか」

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