その105 陽気なドラゴン

【んあああああ! 痛いぃぃ!】

「ええー……」

「ぴゅいー……」


 ひとまずウインドドラゴンが正気に戻った……らしい。

 だが、痛い痛いと叫ぶばかりである。

 その情けない姿にセリカとフォルスが呆れていた。


【たいした傷ではなかろう。ほれ】

【背中に激痛!? 確かにこれに比べたら肩は痛くないね!?】


 まだ大きいフラメがウインドドラゴンの背中を叩くと、そっちの方が痛かったようでぷるぷると震え出した。


【別のところを殴って痛みを変えるのはちゃうと思うんやけどなあ……】

「俺もそう思う。正気に戻ったようでなによりだ」

【ん? 人間かい? そういえば今、僕を殴ったのは……フレイムドラゴンじゃないか……!? それに翼竜ワイバーンも!】


 俺が声をかけるとウインドドラゴンはひょっこりと起き上がり、胡坐をかいて座る。フラメと一緒で手足があるタイプのドラゴンだが、少し線が細い気がするな。

 ずっと驚いているウインドドラゴンにフラメも前に胡坐をかいて座る。


「ぴゅーい♪」

「フラメ、膝に座っていい?」

【もちろんだ。いつもと逆だな、はっはっは!】


 そこでフォルスが大喜びでセリカの顔を見ながらフラメを差す。どうやら膝に座りたいらしい。もちろん拒否するフラメではないので俺達は遠慮なくフラメの膝へ乗った。


【随分と仲がいいね?】

【お前と同じで、とあるドラゴンの病により暴れていたところをこの者達に助けられたのだ】

【暴走……そういえば……記憶が曖昧だ……】

【かくかくしかじかやで、ウインドドラゴン様】


 シュネルが話をしてくれると、ウインドドラゴンは腕組みをしてうなりを上げた。


【うーん、なるほど。いつの間にかそういうことになっていたんだねえ。本来なら狩られるところだけど、そのクイーンドラゴン様の子供が救出方法を持っているから僕達は助かっている、と】

「話が早くて助かるよ」

【いえいえ、こちらこそありがとう。もし助けてくれなかったら、僕があの町を破壊してとんでもない悪者になっていたからね】

「相変わらず話がわかるわね、ドラゴンって」

【まあ、言葉を交わせるからお互いの意思は伝えられる。オレ達は人間を食う訳ではないから共存は可能だと思っている】


 ウインドドラゴンは頭を下げ、フラメは嬉しいことを言う。そら人間も悪い奴がいるし、種族どうこうより『在り方』の方が大事なのかもしれないな。


【それじゃ僕もお世話になった方がいいかな】

「そうだな。もし、再び暴れてもフォルスが近くにいれば助けられる」

【よろしく頼むよ。それで早速だけどお願いがあるね】

「ぴゅー?」

「なあに?」


 突然の要求にセリカとフォルスが首を傾げる。するとウインドドラゴンはフッと笑ってから口を開く。


【僕にも名前をつけてもらいたい。ウインドドラゴンだと長いからねえ。翼竜ワイバーンにもあるんだ。僕だって欲しい!】

「あー」

「ぴゅい」


 素直な奴である。

 即名付けはあまり考えていなかったが、いざという時の為に候補はあった。


「ヴィントとかビエントなんてどうだ?」

【お、いいねえ! 響き的にヴィントがいいかな】

「かっこいいもんね。ならあなたはヴィントに決まりよ!」

「ぴゅー♪」

【よろしく人間のお嬢さんとクイーンドラゴン様の子供!】

「私はセリカよ。この子はフォルス。で、ラッヘさん」

【セリカにフォルスとラッヘだね! 僕はヴィントだ!】


 堂々と語るヴィントに各々が『今つけたばっかりだけどね』と笑う。

 そこで町からたくさんの人間が出てくるのが見えた。


【どうしたのだ?】

「あ、こんなでかいのが二人も居たら目立つな」

「それもそうね……」


 程なくして武装した人達が俺達の下へ到着すると、その中にトラント達も居た。


「ラッヘさん!!」

「トラントじゃないか、用事は終わったのか?」

「ええ、それはもう……ってなんか町が襲われそうになったと思ったらドラゴン同士の戦いが始まったんですけど、やっぱりラッヘさんだったんですね」

「騒がせたか、すまない」


 俺がそう口にすると、歴戦の戦士のような男が前に出て来た。


「むう……これは圧巻だな……失礼、私はこのレツトの町のギルドマスターをやらせてもらっているパリオスと言います。町を守っていただいたようで……」

「そういえばこの町のギルドには寄ったことが無いな。ラッヘです。たまたま立ち寄った際に出くわしただけなので気にしないでください。一応、このウインドドラゴンはこちらで引き取りますので」

【いやあ、危ないところだったねー! 病気でこんなになるんだ、ごめんよ】

「い、いえ……ドラゴンを倒すどころか手なずけているとは……」


 パリオスさんは陽気に話すヴィントに冷や汗をかきながら呟いていた。

 そんな中、駆けつけた冒険者達がひそひそと話すのが聞こえてくる。


(すげえな)

滅竜士ドラゴンバスターだっけ? 倒さないで済ませるとはもうドラゴンにかけては右に出る奴はいねえな)

(なんにせよ事前に町を守ってくれたのは助かったよ……)


 などなど。

 まあ、たまたまなのでそこまで気にしなくてもいいと思う。


「陛下からの書状は受け取り、事情は存じております。念のため人を集めましたが、杞憂でしたな」

「いや、いい判断だと思いますよ」


 握手を交わしながら伝えておく。いざという時に動けないよりはいいと思うのだ。

 早々にパリオスさん達は引き上げ、場には俺達とトラント達が残った。


「いやあ俺も居合わせたかったですよ!」

「ドラゴンに僕の魔法が通用するか……試してみたかったですね」

「ゼキルは恐れ多いわね!? でも、ドラゴンと戦ったらいい経験になりそう」

【今度やってみるか? オレは構わんぞ】

「ま、マジですか!? ぜ、ぜひ……」

「それで、用事は終わったの?」

「ぴゅーい」


 そうだそうだとフォルスが手を振ってセリカの援護をする。どうやら目的は終了しているようだ。


「なら帰るか。こいつはヴィント、よろしくな」

「おお、もう名前まで……俺はトラント、よろしく!」

【よろしくー! それじゃラッヘについていけばいいかな】

【せやで。わしについてきてくださいな!】


 ということで予期せずウインドドラゴンを連れて帰ることになった。最近、やたらと出会うな? フォルスと出会ってからだが、なにかあるのだろうか――


◆ ◇ ◆


【んー? フレイムドラゴンだと? どうしてウインドドラゴンを抑えているんだ? というかどこから出て来た】


 人の姿をした黒い竜が高台からドラゴン二頭が大人しく話しているのを遠くから眺めていた。

 町を壊せばよし、もしくは人間達に倒されても構わないとけしかけたのだが、どの結果にもならずに苛立ちを覚えていた。


【そういえばこいつが言っていた『滅竜士ドラゴンバスター』とかいう男がドラゴンを連れているらしいが、あいつか。ワイバーンもいるようだな】

「……」

【ふん、喜べ。お前の目的を達成できるかもしれんぞ】

「……くく、なら追いかけるかい?」

【当然だ。俺の思惑に乗らないやつは……排除するのみ――】


 黒い竜は真っ黒な鎧に身を包んだヒュージにそう言うと、ゆっくりと歩き出す。

 目的はラッヘ。

 舞台は再び、フォルゲイト王都へ――

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