その86 暴れる赤ちゃん

 そんなわけでフラメから血と鱗、爪の先や歯に唾液と色々な部位を提供してもらうことになった。

 

【ふむ、麻酔とやらは効かぬようだな】

「抵抗力が強いんだ、きっと。メモメモ……」

「痛むかもしれないがいいかな?」


 グレリアが寝そべるフラメに話しかけると、目をそちらに向けて『ああ』と一言呟いていた。


「ぴゅー?」

「フラメお兄ちゃんはお仕事なの。ちょっと待ってね」

「ぴゅい」


 フォルテがポケットからセリカに目配せをして鳴く。彼女は待ってくれと頭を撫でていた。


「ふむ……硬い……!?」

「先っぽだけ貰えばいいだろう。唾液を取るぞ」

【あー】

「鋭い歯だ、これは動物の骨などひとたまりもないな」

「そういやキャベツひと玉まるごといけるな」

「キャベツ食べるの!?」

【美味いぞ】

「ぴゅいー♪」


 フラメが美味そうにキャベツを食べるのを見てフォルスが真似をして食べていた。

 歯がまだないため小さい葉を丸のみする感じだけどな。しかしおかげで野菜も好きになったのは大きい。

 そんな感じで素材を提供していき、最後の作業になった。


「では最後に血を抜くぞ」

【うむ】

「うわあ……」

「ぴゅいー?」


 注射器を見てパティが俺の足に身を隠す。やはり子供は注射が嫌いか。

 フォルスはパティが怖がっている理由が分からず、訝しむ。


 しかし次の瞬間――


【ほう、これは便利な道具だな】

「血を抜く用の注射器というんだ。いやはや魔物用でも針が通りにくいとは、ドラゴンは凄いねえ」

「……!? ぴゅいーー!!」


 テリーさんと談笑するフラメの腕に大きな注射器が刺さっていてそこから赤い血が吸い取られるように抜けていく。

 そこでフォルスがびっくりして大きな声で鳴き始めた。


「あ、大丈夫。大丈夫だから」

「ぴゅい! ぴゅいぃぃぃ!」

「フォルス!」


 セリカがあやすも興奮状態のフォルスはポケットから飛び出し、フラメのベッドに飛び移るとテリーさんの手に噛みついた。


「おっと……!? 歯がないんだな、痛くないや」

「ぴゅいー!」


 すると今度は注射を止めさせようと注射器をぺちぺちと叩き出した。

 もちろんそれほど力が無いのでビクともしない。


「ぴゅふぁぁぁぁ……」

「あらら、大泣きしはじめちゃった」

【ははは、フォルスよオレは大丈夫だ。ほら、元気だろう?】

「ぴゅー」


 フラメが口を開けて『口から軽い炎』を出してアピールする。

 フォルスは泣きながら拍手をしていた。俺はフォルスを抱きかかえて、背中を撫でてやる。


「これはお前達のために必要なことなんだ。フラメは死んだりしないから安心しろ。俺達も怒ってないだろ?」

「ぴゅいー……」

「血を見て怖くなったのかもね。アースドラゴンの時にラッヘさんも血を流していたし」

「だな」


 涙と鼻水を俺にこすり付けながらぴゅいぴゅい鳴いていたが、やがて泣きつかれて寝息を立て始めた。


「ねちゃった」

「ごめんねパティちゃん。この子赤ちゃんだからすぐ寝ちゃうの」

「ううん! パティはお姉さんだからいいよ! 抱っこする!」

「偉いぞ」

「えへへ!」


 俺が頭を撫でてやるとパティは微笑みながらフォルスを受け取り、椅子に座って優しく膝に乗せていた。

 そんなやりとりがあったものの、素材提供は終わりフラメのお仕事が終わった。


【ふう、少し疲れたな。今日は肉が食べたいがどうだろう?】

「もちろんいいぞ。後はグレリア達に任せることになるし、買い出しに行くか」

「そうね。外で食べるわけにはいかないし」


 ささやかな要求をするフラメに問題ないと告げてやった。

 フォルゲイト国であればお触れもあるので美味しいものを食べ歩くのは可能だが、こっちでは危険すぎるからな。


「ドラゴンは置いて行くかい?」

「いや、いつもみたいに巾着に入れて抱えて行けば大丈夫だろう。フォルスも目が覚めた時に俺達がいないと勝手に探しに出そうだから連れて行くよ」

「おやすみしているのに?」

「パティも起きたらパパとママが居ないと怖いだろ?」

「あ、うん……」


 俺の言葉にハッとして不安げに頷いた。朝起きたら誰もいないなんてことにはなりたくないものだ。俺やセリカみたいに。


「ぴゅひゅー」

【では肉を買いに行こう】

「行ってらっしゃいー」


 手早くフラメを巾着に入れて小脇に抱えると、グレリアの研究施設を後にする。

 庭でのんびりしているジョー達に水を与えてから、通って来た商店街へ足を運ぶ。


「ここに来る途中でいくつかお店を見ておいたのよねー♪」

「ぬかりが無いな」

「そりゃあね! 私って国を出たことがないし、近場の町で依頼をこなしているだけだったから新鮮だもの」


 そういってセリカが腕に絡みついて来た。ま、たまのデートということでいいか。


【オレは邪魔じゃないか?】

「いいわよ別に。フラメにはお世話になっているし」

【そうか。それならいいが】

「うんうん、もうフラメは家族だからね。あ、そうだ家族といえばアイラさんにお土産を買って帰ろうよ」

「そうしよう」


 気の利く恋人はちゃんとアイラのことも忘れていない。フラメも家族とあっさり言い切るのもなかなかできないと思うが、セリカはおおらかだと思った。


 さて肉のお店は……と周囲を散策している中、小走りに駆けて行く人達の会話が耳に入った。


「おい、滅竜士ドラゴンバスターがギルドに居るらしいぜ。見に行こう」

「相当強いんだろうなあ。それにしてもなんでこの町に?」

「わかんねえけど、最近ギルドがピリピリしているからそれと関係があるのかねえ」


 そんな話をだ。


「……もしかして……」

「ああ、あいつかもしれないな。ギルドに近づくのはやめておくか」

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