その37 死を賭して

「もらったぁぁぁ!」

「ぐ……い、いってくれラッヘ殿ぉ!」


 裏返ったドラゴンの腹へよじ登り、中央に剣を突き立てる。鱗に比べて柔らかいので俺の剣はあっさりと柄の部分まで深々と刺さった。


【ゴ、ガァァァァ!?】


 突き刺した剣をスライドさせて腹を裂く。ぱっくりと割れた傷口からおびただしい量の血が噴き出してきた。

 さすがのアースドラゴンも周囲が震えるほどの叫び声を上げていた。

 もう一撃……そう思った瞬間、アースドラゴンの身体が元の態勢に戻ろうと右腕を地面に叩きつけた。


「……!? こいつ、まだそんな力が……! 騎士団のみんな、離れろ!」

「た、退避だ!」


 俺以外の騎士も絶えず攻撃を仕掛けていたので場は騒然となった。

 馬で移動できるので退避自体は難しくないが、アースドラゴンの叩きつけた腕の振動が馬を一瞬、委縮させた。


「うおわ!?」

「わああああ!?」

「チッ……!」


 それはそれとして、俺も離脱をしなければ潰される。すぐに地面を降りてから回避する。


 直後、ズゥンという地響きと共に元の態勢へと戻るアースドラゴン。

 数人の騎士と馬が潰されたので、無事だといいが……


【ゴフォ……】

「げ、限界か……?」

「腹を裂いた。その内に死ぬだろうが、トドメを刺さないと油断はできない」


 血を吐いてガクガクと体を震わせていた。魔法も魔力が上手く使えないのか岩つぶてが出ては消えていた。


【ゴ、ルァァァ……】

「大人しくしていたらすぐ楽になる」


 後は首を落とすだけだと剣を構えた直後、それは起きた。


「ぴぃぃー!」

【ゴルォ……!】

「セリカにフォルス!? まだあんなところに……!」


 王都に真っすぐ向かっていく見覚えのある馬車から、フォルスの声が響いて来たのだ。

 するとアースドラゴンはフォルスの声に反応し、俺の剣を回避して移動を始めた。


「馬鹿な……まだ動けるのか……!」


「この傷で存外速い……!?」

「行かせるか! 馬を借りるぞ!」


 騎士達が困惑する中、俺は馬を借りて駆けだして行く。ドラゴンがドラゴンに反応したのか……? そういえばセリカがなにかを感じていたと言っていたけど――

 だが、考えるのは後だ。

 アースドラゴンに体当たりでも食らえば馬車ごとセリカ達が吹っ飛んで終わってしまう。


「くそ、早い……! <フレイムアロー>!」


 馬上から魔法を放ってみるが鎧に魔力を使っているため大した足止めにならなかった。


「きゃあぁぁぁ!? ラッヘさん……!」

「セリカぁぁぁ!」

【ゴォァァァァァ!!】


 間に合わん……!? 鼻先まで来たが、アースドラゴンが腕を振り上げるのが先だった!


「ぴゅ!? ぴゅぃぃぃぃぃ!!!!」


 そしてアースドラゴンを見たフォルスがひと際大きく叫ぶ。なんとか耐えてくれれば……! 祈るように剣を振り上げたと同時にセリカの座る御者台から光が放たれた!


「なんだ……!?」

【ガオァァァァ……】


 翡翠色の光がセリカとフォルスを守るように阻み、そして――


「こ、これは……」


 ――その光がうっすらと、あの母ドラゴンの形となり、アースドラゴンの振り上げた腕を止めた。


【ア、ガァァ……! アアアア! ヤ、ヤレ……アタマ……ツラヌ……ガァァァァ!?】

「……!? う、おおおおおおお!」


 動きを止めたアースドラゴンに駆けあがり、俺は眉間に剣を突き立てた。抵抗なく剣が刺さると、アースドラゴンはその場で崩れ落ちるように倒れた。

 そして母ドラゴンの姿をした光がスッとセリカの方へ吸い込まれるように消える。


「ぴぃ!」

「はあ……はあ……だ、大丈夫か!?」

「ラッヘさん! う、うん私もフォルスもリリア達も大丈夫……だけど……」


 セリカに駆け寄ると呆然とした顔で返事をした。ケガも無いようなので安堵し、剣を杖代わりにして息を吐いた。


「ぴぃ……」


 フォルスは俺のところへやってきて心配そうな声を上げていた。無事を知らせるために抱っこをすると嬉しそうに鳴く。


「ぴぃ」

「……さっきのはなんだったんだ……? お前の母親だぞ」

「ぴ?」


 語り掛けるが首を傾げるばかりで文字通り話にならない。俺が苦笑していると、不意にアースドラゴンの目が半開きになる。


【ス、マヌ……ニンゲン……アリガ……トウ……】

「やはりお前も喋れるのか……」

【クイ……コドモ……ヨカッ……キボウ――】

「おい、しっかりしろ! ……いや、無理か……」


 死の淵だというのになえか口角が上がっているようにも見えるアースドラゴン。

 彼がフォルスを見ながらなにかをブツブツと呟いていた。


「……ぴゅー」

「あ、フォルス」

「多分、大丈夫だ」


 降ろすようにせがんできたフォルスを地面に降ろすとアースドラゴンの鼻先に歩いていき、小さな舌で俺達にするように顔を舐めていた。


「……仲間だってわかるのかしら?」

「本能、というやつかもしれないな」


 俺とセリカが黙って見ていると、


【ニ、ンゲン、コノコ……ニ、オレノニクヲ……クワセテヤッテ……オマエタチモ……】

「……わかった。最後にすまないが聞かせてくれ。お前達はどうしてこうなったんだ……それと黒い竜を、知っているか?」

【クロ……シラ、ナイ……キヅイタラ、アバレタクテドウシヨウモ……コノ……ヲ――】

「ぴ!? ぴぃー……」


 最後は俺達にお願いをし、アースドラゴンは息絶えた。そして苦しいであろうにも関わらず質問にも答えてくれた。

 たどたどしい言葉だったが、フォルスを頼むということと、俺の追うドラゴンは知らないと。


「……やるせないわね」

「ぴぃー……」

「今までこんなことは無かった。ずっと、十年狩り続けていてこんなことは初めてだ。死ぬ間際に喋るなんてことは、一度も。……母ドラゴンの宝玉……あれは一体……」


 物言わぬアースドラゴンを見て、俺は誰にともなくそんなことを呟くのだった。

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