その32 平和と危機

「うん、美味しい!」

「ぴゅーい♪」

「慌てて食べるなよ?」


 戻って来たセリカに野菜と鶏肉のスープを出す。フォルスにはミルクと小さく切った野菜と鶏肉を少しだけお皿に移している。


「運動の後だから美味しいわ~♪ フォルスも頑張ったのよ」

「ぴゅーい♪」

「そうか、元気だなお前は」

「ぴゅはー」


 コップを抱えて温かいミルクを飲み、幸せそうな顔で一息つくフォルス。

 次に手を上手く使って鶏肉を摘まむと口に入れた。


「私達が食べるものなら好き嫌いないわよね。魔物だったら虫でも食べそうなのに」

「その辺の生態もメモしておくか」

「詳しい人っているのかしら……?」

「多分、居ないだろうな。近づくことすら難しいんだ、遠くからウォッチングなんて気配を悟られて殺されるだろう」


 勘がいいのはドラゴンの特徴だ。

 寝たフリなんかをしてくる個体も居る。奇襲をしたいなら気配を殺して一気に近づくくらいだな。


「ふうん。この子がねえ」

「ぴゅー?」


 ぱくぱくと鶏肉を丸呑みしていくフォルスの頭に手を乗せると不思議そうに顔を上げていた。


「そうそう、セリカに伝えたいことがあったんだ」

「なあに? あ、キレイ!」


 そこでリュックから取り出した母ドラゴンの宝玉をセリカに見せてやる。

 すると食い入るように宝玉の前に顔を出す。


「ぴゅーい♪」

「これって?」

「これはフォルスの母親が死んだ時に頭から出てきた物なんだ。俺が言うのもなんだが形見として持って来た」

「お母さんの……だからこの子嬉しそうに抱き着くのかな?」

「分からない。初めて見せた時も同じような反応をしていたけど」

「とりあえず失くさないようにしないとね」

「ああ。リュックに入れておくから、たまに出してフォルスに遊ばせてやろう」


 俺がそういうとセリカが頷いた。

 削るのは勿体ないから、フォルスが大きくなったら首飾りにできるようにしてみるか。そんな話をしながらゆっくりした朝が流れていく。


 だが、そんな平和な朝は――


◆ ◇ ◆


「ハァ!」

「ぎゅぇぇぇ……」

「お見事です王子」


 ――ラッヘが朝食を食べている頃、エリード王子達は狩りを楽しんでいた。

 

 エリード自身の剣の腕は十六歳ながらも悪くない腕なので、今もジャイアントタスクを剣で切り伏せていた。


「腕が上がりましたね」

「まあね。少し鬱憤を解消できた気がする」

「勉強ばかりですからね」


 ラクペインは苦笑しながらエリードに労いの言葉を投げかけた。実際、年相応に遊んだりすることがないため不憫ではあると考えているので、こういうストレス解消にはよく付き合っていたりする。


「よし、幸先がいいぞ。どんどん行こう!」

「ハッ!」

「陛下達も心配しますから昼までですからね」

「分かっているよ!」


 楽しそうに先を急ぐエリードに肩を竦めながらラクペインが自分の馬を引いて歩いて行く。


「お、次はペロウラビットだ。ジャイアントタスクを倒した僕には物足りない相手だね」


 エリードが気づいたそこには魔物のウサギが四羽ほど群れていた。早速狙いをつけて寄っていく。


「それでもなにをしてくるか分からないのが魔物です。気を付けてください」

「はいはい、ラクペインは心配性だね」


 エリードの苦言を聞きながら舌を出して剣を抜く。そのままペロウラビットの群れへと突っ込んでいった。

 

「それ!」


 あっという間にラビットたちは一蹴され、狩りの功績となった。他の騎士達が血抜きをしているのを横目にエリードは言う。


「助かるよ。そういうのはやっていないからね」

「まあ、主にやるのは政治ですから問題ないかと。冒険者であればその限りではありませんがね。適材適所というやつですよ」


 ラクペインがそう口にすると、エリードは少し考えてから口を開く。


「……ラッヘさんは冒険者として見た場合どれくらいの強さなんだい?」

「そうですね。実際のところAランクどまりではないかと思っていますよ」

「あれ? 意外と評価が低いな?」


 エリードが意外だという風にラクペインに返すと、彼は小さく頷いてからその理由を話し出す。


「ドラゴン退治に特化しているので、その点に関してはSよりも上だと思います。しかし、盗賊の相手や通常の魔物はまた別なんですよ。武器も専用なのでサンドウルフのような素早い相手は難しいかと。それでもAランクですけどもね」

「なるほど……それこそ適材適所というやつなのだな」

「左様です。ラッヘ殿を皆が頼るのに違和感を覚えるかもしれませんが、国を救ったことは間違いありませんし、当然そうなるのですよ」


 ラクペインは『なのでエリード様はできることで功績を立てましょう』とやんわり微笑んでいた。


「うむ……そうだな。人は人、ということか……」

「エリード様ならご理解いただけると信じておりました」

「まあ、僕だからな! とはいえ、ドラゴンの幼体は勿体ないな。可愛……じゃなくて、飼いならせば名物にもなりそうなのに」

「……災厄の化身、ですからね。それは難しいかと」

「僕は小さかったから覚えていないけど、そこまでなのか」


 と、そんな調子で森を進み、それなりに奥へ進んだところで――


「ふう、まあまあ運動になった。そろそろ引き返そう」

「そうですね。戻ったら昼食を食べて、我々は訓練でしょうか」

「狩った獲物を夕食にしてもらおうかな。父上と母上は喜んでくれるだろう!」


 ラクペインが『そうですね』と振り返った瞬間、全身から汗が噴き出した。

 先頭にラクペイン、その後ろにエリードがついてきていた。


 そしてエリードから左右と後方に騎士達が囲むように移動しているのだが、さらにその後方に、大きな口を開けた、ドラゴンが、こちらを見ていたのだ。


「……っ!?」


 ラクペインは戦慄した。

 距離にして500メル程なのにまったく気配がしなかったことを。そういえば周囲に虫の声なども聞こえなくなっていたことに気づいた。

 しかし、焦りながらもそこは騎士団長。すぐにドラゴンは羽が無い個体のようで、這いずるように近づいてきたのかと判断する。


「ぜ、んいん駆け足ぃぃぃ! 振り返らずに全速力で移動だ!」

【ゴガァァァァァ……!!!】


 気づかれたと感づいたドラゴンが咆哮を上げた。

「な!? いつの間に!? 王子、全速力で!」

「あ、あれがドラゴン……!? でかいっ!?」


 馬が恐怖にかられる前に一気に駆け出すエリードと騎士団達。そこでラクペインは自分の馬だけ速度を落としていく。


「ラクペイン……!?」

「しんがりは私が。王都まで戻れば外壁があるので、駆け込んでください」

「し、しかし……」

「王子、あれは規格外の魔物です! 早く戻って討伐隊を組まないといけません……!」

「くっ……死ぬなよラクペイン!」


 エリードは冷や汗を掻きながら大声で叫ぶ。

 最後に耳に入ったのはドラゴンの咆哮とラクペインの雄たけびだった――

 

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