第7話 帰り道

 長かった一日がようやく終わる。


 体感的に長かったというよりもこれまでに増して美鈴との一日を意識したからなんだと思う。


 これまでは同じ教室内にいても意識もしなかったし……いや、意識はしていたものの彼女のことばかり考えていたわけではない。それに加え、今の場合一刻も早く彼女のいる空間から逃れたいという逃げの意識が働いて、より時間を意識したからこそ長く感じたのだろう。

 

 キンコンカンという本日最後のチャイムの音が、一日の終わりを告げる。


 ようやく開放されたという気持ちから机にぐだーっとしてしまうが、なんとしてでも早く教室から去りたい俺はそそくさと帰りの準備を進める。


 ホームルームもつつがなく終わり、最短ルートで教室を出ようとすると目の前に人影が見える。


「わっ!」

「うおぉ?!」


 驚いた拍子にそのまま驚かせた本人を壁に押し寄せるように壁に手を突ける。


「驚かせた側を驚かせるなんて、春もやるじゃん」

「単純に危なくて壁に手をついただけだから。ついでに変に突き飛ばしたりしても危ないし咄嗟の判断だよ」

「優しいね」

「そうじゃないから!」


 なんだか最初の悪意がなかったことにされかけているが俺はそれを見逃すつもりはない。


「まずは、何でこんなことしようと思ったんだ?」

「ん? 春にちょっかいかけたくなっちゃった」

「まじで危ないからやめてくれ」

「それに、春と一緒に帰りたかったの」

 

 不意に頬を赤らめながらそう言う。

 本当に、人が人なら勘違いしてマジで好きになっちゃうぞ。


 当の桐冬さんはと言うとそんなこと思われているとも思わずに、そわそわしている。


「んねぇ、そろそろ避けないと周りに誤解されちゃう……」


 送れて教室から出てきたクラスメイトの視線をこれでもかと食らっている。

 そう、傍から見れば、俺は桐冬絵瑠をただただ壁に押しやっているやつになっているのだ。彼女が顔を赤らめていた原因はこっちか……。


 そもそもの犯人は桐冬さんなわけなのにまるで俺が壁ドンをしているような構図である。

 なぜか被害者と加害者が逆転した形だった。 

 

「壁ドンなんてやるね春」

「もう何とでも言ってくれ」


 諦めた俺は支えにしていた壁から手を離し、何事もなかったように階段へと向かう。

 途中、教室の中にいた美鈴と目があったような気がしたがきっと気のせいだろう。


「ねえ~ごめんって置いてかないでよ~」

「桐冬さんのせいでひどい目にあった」

「ちゃんと皆の誤解は解いておくから一緒に帰ろう……ねっ?」

「わかったから、落ち着こう」

「うん」


 靴を履き替え外に出る。


「そういえば、今日は急いでないの?」

「あ~うん。今日はレ……バイトは休みだから」

「ふぅん」

「だからね、今日は一緒に遊びに行きます」

「……は?」

「春とうちが、一緒に遊びに行くの!」


 そういって、手を掴まれぐいぐいと引っ張られ、校門を後にする。

 咄嗟に触れた彼女の手のやわらかさに驚いたのはまた別の話。




 いつもは曲がっている帰り道今日はまっすぐ進んでいく。


 つまり本当に俺と桐冬さんは遊びに行くこととなる。

 本気で嫌であれば繋がれたこの手を振りほどいて帰ることができたものの、ただ俺はそうしなかった。


 今家に帰っても結局のところ静かな空間で、美鈴のことを思い浮かべてしまうことになるのはわかりきっていた。


 それならいっそのことどっかに遊びにいって気晴らしをしたほうが楽しく過ごせそうだと思った。


「ちなみにどこ向かってるの?」

「ん~とりあえずゲーセン!」

「了解」

「もう素直に遊びに行くことを認めたんだ」

「ここまできてさすがに逃げたりはしないよ……それに」

「それに?」

「せっかくバイトがない桐冬さんを見捨てて帰ってもなんだかいい気がしないから誘ってもらった以上楽しんで帰ってくれたほうが俺としても嬉しいからね」

「もう、そういうとこだよ」

「……ん?」

「なんでも!」


 桐冬さんの笑顔がパッとはじける。


 何を言ったのかはわからなかったけれど。俺のとった行動は間違っていなかったのだろう。出なければ笑顔なんて浮かべない……はず。


 それが本当に心から出たものであれば素直に嬉しい。


「……あっ、親に連絡入れておいてもいい?」

「うん!」


 楽しそうに前を歩く桐冬さんを見つつ親に連絡を入れようとスマホの電源を入れると圭祐と将太が揃ってグループチャットに『他にもいい人がいるとは言ったけどさっきの今でこの行動力はさすがだわ』とメッセージを送ってくる。


 それを見てちゃちゃっと『本当にな』と俺ですら誰に返しているのかわからない迷言を残しておいた。

 親にもそれとなく帰るのが遅くなる旨を伝え、前を歩く桐冬さんの隣につく。


「返事できた?」

「うん」

「親は何にも言わないの?」

「基本は特に何も言わないかな」

「そうなんだ、結構ゆるいんだね」

「俺が特に悪いことしないのもあるのかもしれないけど、基本は事前連絡しておけば何も言われないかな」

「じゃあ、今日は春を連れ回します」

「それはもう今更過ぎるから……」


 尚も明るい桐冬さんに連れられ、まずは当初の目的地であるゲーセンへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る