第3話 失恋
ほとぼりが冷める頃合いを見計らって、玄関をでる。
――もう美鈴は帰っただろうか。
そんなことを考えながら校門をでる。家までの距離はそう遠くなく、歩いても二十分ほど。
本当であれば自転車で来るのが一番楽なんだけど……。
いつも歩いてくる彼女のことを考え、話し相手になろうといつからか自転車で来るのをやめた。その行動も実際の美鈴と一緒に帰っていないと何の意味もないのだけど。
そうして、二十分ほどの家路を歩き、マンションの前にたどり着く。すると、マンション前に
「春君……今日は遅かったね」
「ああ、なんか圭祐と少し話し込んじゃって」
「そうなんだね」
「待たせちゃった感じだった?」
「ううん、大丈夫だよ。なんかね、春君に会いたくなって」
季節は夏に移り変わろうとしているからか、少しだけ温かい風が吹く。
近い距離にいるからか、揺れる髪から漂う甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「少し歩くか」
「いいの?」
「なんか、そんな気分になったから」
「うん……ありがと」
「少しかばん置いてくるから待ってて」
「わかった」
先ほどいた場所に背中を預けたのを確認し、足早に自分の部屋まで戻る。
家のドアを開きそのままカバンを投げ込み、また鍵を閉める。
「お待たせ」
「ううん、ありがとね」
やはり浮かない顔を見せている。
正直なところ、こういったことは珍しくなかった。
これまでにもこんな表情を浮かべ、俺のことを待っていたことがあったのであまりそこに関して深く考えてはいなかったが、今日起こった一部始終を確認したことでその理由がようやくわかった。
「それで? どうしたんだ?」
普段は何も言わないでぷらぷらして終わるだけだったが今日は違った。というよりも今日の出来事を目撃してしまったからこそ余計に彼女の心理を知りたくなった。
美鈴も少し驚きを見せた様子でこちらを見ていた。
「うん。何もなかったって言ったら嘘になるかな……」
普段はあまり自分の素の部分を出さない美鈴が胸の内をさらしてくれる。
だから俺も少し踏み込んでみる。
「まあ、いつもその顔つきを見てるから何もないってことはないんだろうなとは思ってたよ」
「そっか……やっぱり春君にはわかっちゃうよね」
「付き合いも長いからな」
「うん、一番長い」
美鈴本人も認めている通り、俺と美鈴の付き合いは小学校……いや、生まれてこの方ともいえる長さだ。
それなのに俺に対して、何もないを突き通せるほど彼女は演技派でもなければ女優でもない。
「それで、何があっても聞いてもいいの?」
「うん……」
目的地もなくぶらぶら歩いた果てに、高台にある公園へとたどり着く。
お互い近くのベンチに腰掛け、美鈴はたっぷり時間をかけて声を紡ぎだした。
「告白されたんだ。今日」
やはりというべきか、今日あったあの告白が彼女の元気のなさの要因だったようだ。
「それって別に落ち込むようなことじゃないような気がするんだが」
「なんていうか、私は彼のことを全然知らないのに、何でそんなに好きってなるのかがわからなくて……最近そういうのが多くて断るごとに心が磨り減っちゃったというか」
自分の思い違いのようなものを正された気分だった。
俺は正直なところ美鈴に対して、何で美鈴が落ち込むんだろうという気持ちを抱いていた。
それはなんとも俺の側からしか見れない偏ったものの見方だった。
今の美鈴はその容姿からか周りから好かれるだけ好かれ、本当の意味で好きな人から好きと言われるわけでもなく深く知らない人から好き好きと言われ続けている。それに対し毎回断りを入れる本人の申し訳なさのようなものがどんどん心をすり減らしていく。そんな日々を送っていたのだ。
(でも、それってつまり……)
よく知っていれば、相手のことを好きになれる。そういうことなのだろうか……。
自分の欲深い心が美鈴の言葉をいいように解釈している。そんなことは自分でもわかっていた。
それでももう俺の心は、美鈴に対し好きだと伝える気持ちをしっかりと認めていた。
「なんだろう、断る側にも断る側の苦悩があることをはじめて知ったよ」
「そういってくれるのは春君だけだよ。女子からは何でって嫉妬されるだけだもん」
そういう悩みが彼女にもあったのだ。
だったら……。
だったら俺が……。
「俺が、その悩みを解決してあげようか」
「え……?」
思わず口走っていた。
周りに焦らされていたのも確かにある。だけど、そんな風に悩みを抱える彼女を俺が守ってやりたい。そんな気持ちが頭よりも先に身体を動かしていた。
「俺が。美鈴の彼氏になればいい」
「え……?」
今までずっと伝えたかった思い。
それを口に出していた。
「……」
「……」
お互い無言になって言葉を捜している。
でもどこか俺には勝算のようなものがあった。
「ごめんそれはいや……」
「……そっか、ごめん」
勝算があると思っていたからこそ、彼女から漏れた声があまりにも衝撃的だった。
冷たい風が頬を冷やす。その冷たさがちゃんと現実なんだと教えてくれる。
俺は、美鈴に振られた。これが現実だった。
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